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2009年2月21日 (土)

死ぬ直前電話して来た旧友

連日深い朝霧の夜明けが続く。気温1度。早朝から太陽がまぶしい。
2月ももう下旬に入った。飛ぶように過ぎる。陽春を待つ思いがそうさせるのか。

去年の今日の日記に東京の月岡君が電話をくれたとある。思えばその丁度2ヶ月後の4月20日に彼はこの世を去っている。
死の予感などまるでない元気な声であった。
その日記の一部を再掲する。同じ学年同じクラスでの故友である。

>>昨夕思いがけず東京の月岡君から電話が入る。学生時代以来の声だから、もう70年にもなる懐かしい声だ。彼もいつも世話になるばかりだからせめて君の声が聞きたくなったのだと云う。
さざん会の世話をしていることを言ってるのだが、もう身体は曲がってしまったし,外出できるような状態ではないから、いつも案内をいただいても参加することは不可能だとのこと。
日立という大会社に身を投じ、退いても系列の会社を経営し、申し分無い生活を送っているようだが、同窓との付き合いまでは手が回らなかったらしい。くやしさを滲ませての口ぶりだったが、世の中そんなに甘くないし、なにもかもに手が届く様なものではない。
しかし東京のど真ん中で何不自由無く暮らしてゆけるとは、最高の幸福人生ではあるまいか。
私の蔭の声であるが、学生時代下宿した古い暖簾の呉服屋さんの娘さんと結婚し,それが運を呼び込んだのか、大会社に就職してとんとん拍子に出世し、自分の自由になる会社を作って思うままに手腕が振るえたとあって、これ以上の人生はあるまい。
私などまさにその正反対の道を歩いて来なければならなかった。運の違いが大き過ぎて話にならない。

大きな声でよくべらべらとしゃべったが、どこが悪いのかと疑いたくなる様な調子だった。
永年自信満々に業務を取り仕切って来て、習い性となり、学生時代の姿から遠く抜け去った現在の彼を、言外にはっきり感じ取ることが出来た。
悪くいえば、同窓会なんて子供らしいことには興味が無いよということでは、過去33回の同窓会に一度も出てこないのだから。<<

沢山の友人の中で彼のように死の直前に思い出して声をかけてくれたものは他に居ない。しかも70年ぶりにである。
逢いに来てくれてその年に亡くなったのは二人居る。東京の田島さんと沖縄の仲吉さんだ。二人とも満州鉱山時代の同僚であり先輩だ。長い人生にはこんなこともあるんだなと思う。偶然というにはあまりにも因縁めいている。

あれからもう一年になる。年金が私より年額60万円多い事を誇らしげに言ってたが、何十年も社長暮らしをしていたのだから勝てる訳がない。死ぬまで運の良い奴だった。

日本アカデミー賞というのがあって、「おくりびと」という映画が10部門の大賞を独占したとある。
私は悲しいかなこの賞がどんな権威を持っているのか知らない。アメリカの真似かなと思っているに過ぎない。
最近は映画館に行き映画をみることは絶えてない.従って映画に付いて語る資格も知識もない。
だから深くは語る事を避けるが、家内から茶飲み話に出て来たので引き出し役に廻った。
納棺師の物語らしいが、私ら老人には縁が深いから見てこないといけないのではと、思いがけない事になってしまった。

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