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2009年1月 9日 (金)

地図の話

毎月月末で閉めて,ブログを印刷して保存しているのだが、ふとその印刷物を見ると、プロバイダが参考にと思ってやってくれてるこのブログに対する検索アクセスの文字フレーズの順位が載っている。
1位が”新京地図”とある。先月も3,5、7位にランクされている。随分前のブログに載せたのだが、これはある人の努力で現在は"google earth"に正式に掲載されることになって現在使われている。
誰が検索するのか知る由もないが、今になっても興味があるのかなあ。

私が1941年1月徴兵で入隊した自動車第3聯隊があった、斐徳(地図ではPeide)も探し当てることが出来る。
市街の大きさから見ると,10,000人は下らないのではと思われる。当時は兵隊以外は誰もいなかったのに。
もっとも駅前に百人以上の飲食業者などの民間人がいたかな。
70年も経つと随分変わるものだなあ。3年前新京に行ってみて驚いたばかりだから、今更驚くにあたらないが。上空2百米から眺められるのだから,その方が驚きだ。
第6軍司令部のあった東安(現在のMishan)まで,道路を行けば10km以上あったろうが、冬期は周りの湿地帯が全部凍結するので、車ならまっすぐ走って10分もかからなかった。

午後すぐ近くのスーパーに行く。
ご馳走に堪能したのだろうか客足が少ない。早く給付金をばらまかないと間に合わないぞ。

午後になると気温が下がり気味。滅多に雪の降らなくなった昨今だが、この分ではおっつけ降り始めるかもわからないな.春3月まで後50日,間違いなく何度か雪になるだろうが、もう目を楽しませる以外の何ものでもない。若き日の心の弾みが懐かしい。
孫に昔プレゼントしてもらった毛糸の頭巾を探し出してかぶる。やはり暖かい、水戸黄門だけのものではない。

Pic1

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