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2009年1月 8日 (木)

軍津(いくさつ)も歴史の一齣

昨夜は疲れがひどく、ぐっすり眠って夜1度しか目覚めなかった。
今朝は足が痛い.特に膝付近にダメージが大きいようだ。何度も休憩しながら登ったのだが,急な石段だったからこたえたのであろう。

歴史年表を開いてみると,草津八幡宮は推古天皇の御宇西暦600年の始め頃海路の守護神として祭祀されたらしく、厳島神社と同じ時期らしい。遥か古き時代のことである。
広島市内の護国神社は元旦3ヶ日に60万人の参詣客があったらしいが、こちらはいくらの参拝があったのだろうか。昨日は昼過ぎの時間帯であったせいでもあろうか、私たった一人でお宮の内外には人っ子一人見えなかった。受付もなにも閉じら、本殿もビニールで囲われていたままであった。

西暦660年代には,白村江の戦いで唐軍に大敗した記録が残っている程で、朝鮮との交流も盛んで,従って瀬戸内海のこの付近の海上交通の繁栄ぶりが偲ばれる。
が、60年前の大東亜戦争すら、昔のことと記憶の外に押しやられつつある現在、千年以上も前の殷盛がいかなるものだったか想像もできない。

珊瑚虫が礁を築き島を造る,小さな蟻が穴を穿ち,塚を造る。人間は山を壊し,野を拓き姿も質も変えてしまった。時の刻むにつらなって生物が何をかなした結果である。
時こそ偉大なりといわねばならない。

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