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2008年11月27日 (木)

戦争孤児チョンフー

11月27日(木)晴
灰色に霞んではいるが、雲らしいものは見えず穏やかないい天気になりそうだ。
予報では、昼過ぎから雨になるとは云ってたが、どうかしら。

朝起きてすぐは膝に違和感が残っている。痛いという程ではないから階段もぼつぼつ降りる。2、3度上り下りするともう大丈夫だ。
宮島をもう2キロも多く回ってたらダウンしてただろう。

島根のおばさんが,電話とは違って少し高値につけて、するめを送ってくる。家内が昨日からぐずぐずいつまでも文句を言っている。いつもこれだから、馬鹿にしてるというわけ。何十年にもなる親の代からの付き合いだが、あらっぽい商売にいつも泣かされる。それでも続いているのだから不思議だ。ただ品質が良いと云う事だけが続いている理由。

10時を過ぎると一転して薄墨の雲が張り出して来てやはり予報通り怪しい天気になってくる。

近くのデパートに買い物と食事に出かける。帰路今度はスーパーに立ちより食料を買う。
あわせて2時間かかる。まだ雨は降らない。
最寄りの郵便局から『ステラ」1年分の購読料を払い込む。週刊誌だから読んだり読まだったりで、若干無駄な雑誌,家内は止めとけというのだが、それでも時々見ておきたい事があったりして止められない。

筋書きがわかり難いドラマなどやはりステラがあると都合が良いのである。
家内が急に足先が痛くなって歩けないという。なんとか我慢してスーパーの中を歩いて回ったが、これも宮島の後遺症らしい。

15時半近く,午睡から目覚めておやつを食べに下に降りる。戸外を見ると雨がしとしとと樹木を濡らしている。やはり予報通りだったか。

“あの戦争から遠く離れて”を読み終る。さすが大宅賞受賞作品だ。執念のごとく戦争孤児の父親の足跡を追求して余すところがない。
しかも28歳で自分のルーツがわかり,帰国した後もその残した養父母とのつながりや居住地牡丹江の親類縁者との交流の深さやこの作者親子のかかわりの親しさには驚かされる。
父親が早くから日本人を意識し,迫害を恐れず自ら名乗り、どうどうと孤立無援の中を帰国の努力を続けた気力に頭がさがる。

4歳の日本人孤児が戦争の混乱でこの地に残される。たまたま子を二度も病気で失って,弧寂を嘆いていた中国人夫婦に拾われる。我が子同様慈しみ育てられる。成人して28歳日本の実の両親の存在を知り,帰国を希望して帰る。そして今度はその娘と一緒に養父母のもとへ帰って来た。娘は中国に留学ししばしば祖母縁者と交流しその死までつづいたという60年間にわたる物語が今牡丹江周辺の話題となった。
人間の善意は民族や国境を越えている。こころにいつまでも残る話である。

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