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2008年10月 1日 (水)

千年の香り

10月1日(水)曇時々晴
旅行疲れでぐっすり眠る。朝7時前起床。気温20度、寒からず暑からず。
お寺の石段や石道が応えたか,足のあちこちが痛い。

午前中は半ば呆然として過ごす。物忘れがいささか気がかり。
内藤内科に薬が丁度切れたので伺う。此処数日の物忘れ現象について伺う。結果的には病気ではないとの診断だった。
従ってなんらの治療も薬も与えられない。

石山寺にしても、延暦寺にしても流石に千年の古刹である。伽藍や仏像の大きさに驚くことはないが、その幽邃さには感じ入る。とめどなく古来よりの込められた深い香りを感ずる。

目が見え難かっただけ,他の五感に響くものを感じ取ったのかもしれない。しとしとと降る秋雨の風情も影響したかも知れない。

終ってから思ったことはやはり山道など歩くには杖を持った方がよいということだった。若い添乗員さんでも転んだそうだから、ちょっと油断しても危険だった。綺麗に石を敷き詰めた階段や道路は見た目以上にあぶない。
その気疲れも今日あたり尾を引いている。
子供らにも言われたことだが携帯電話も持ち歩くべきだった。最近は時計を持ち歩くことが煩わしくい。
だから昨日の様に時間が分からなくて困った。いろいろ学ぶべきことは多い。

台風15号は海上遥か南方を抜けて東方に向っていて、こちらには影響はないとのこと。
アメリカの金融市場が乱高下がひどくて、株に頭を突っ込んでいる妹たちは憂い顔だった。

世の中はいろいろままならぬことが多い。心配しなければならないことには手を出さないのが一番良い。
相変わらず油断出来ない様な勧誘の電話が多いが、番号表示機能のおかげで、悪質なものは全部局で撃退してくれる。
老人と見てしつこいのには困るが、もう何も関心はしめさない、相手にならないのが肝心である。

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2008年10月 2日 (木)

生まれ故郷メキシカリ市

10月2日(木)晴
雨に悩まされた旅行が終ってみれば嘘の様ないい天気が続く。運が悪かった。
要らなくなった古い本など捨てる準備していたので、資源ゴミ捨て日の今朝捨てる。台車で二度運ぶ。
力がなくなると重いものは困る。
旅行疲れで足が未だ痛む。ぼつぼつやれるからまだいいか。

家内が今日は内藤内科へ行く。薬が切れたよし。痛いのを我慢しながら旅行は終えたのだが。
帰宅するとまたすることがないんだよなあ。
このままでは下手するとぼけが進むだろうな。

気温が大分下がったらしく,毛布1枚では夜中に心もとない。
夏蒲団1枚追加することにする。
就寝時にはちょっと暑苦しいが。
若い者と違って体温の調節が自然にはうまく行かない。

不首尾の今回の近江、京都旅行だったが、旅行先としては多い方に属する地域だから別に大きな後悔はない。
ただもろもろの体力条件が危なっかしくなってきたので、この先どこにも簡単には決断がつきかねることになりそうだ。
元来が旅行好きな方だから残念至極といわねばならない。なによりも家内に対して信用を損ねたことは大きい。

90年近く生きているのだから、行ってない所は捜すのが困難なくらいである。しかし二度三度行きたい所は沢山ある。
どのようにして行くか工夫を凝らさねばならないだろう。
生まれ故郷のメキシコには何とかして一度行きたかったのだがもう無理だ。甥坊を頼りにしたのが拙かった。勝手に出かけて,途中で電話するぐらいで良かった。
私の戸籍謄本にははっきりとメキシカリ市で生まれたと書いてある。

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2008年10月 3日 (金)

旅芸人の記録など

10月3日(金)晴
連日好天気がつづく。
家内は招待券を貰ったからと,竹島さんを誘い出して天満屋の花展を見に行く。

私は久しぶりにビデオに撮ってあった,ギリシャの名画「旅芸人の記録」と米画ジエームス・スチュアート主演の「翼よ あれがパリの灯だ」を見る。7時間ばかりかかり続けて見る。
どちらも名画の誉れの高い映画だけに見応えがある。前者は前大戦のとき大国の狭間にあって、ゆれ動く国情のもと旅芸人一座のそこらの石ころの如く変転する日常、脈絡なぞ何も無い淡々たる日々、無情に散る命、生々しく非情に捉えた映画で,目を覆いたくなる内戦の惨状に終止符がない。
後者はアメリカ独特のサクセス映画だが、若きリンドバーグの勇気、そして33時間のニューヨーク-パリ間の単発プロペラ機での大西洋横断飛行の奇抜さ,面白さに感動する。
後者はアメリカ独特のサクセス映画だが、若きリンドバーグの勇気、そして33時間のニューヨーク-パリ間の単発プロペラ機での大西洋横断飛行の奇抜さ,面白さに感動する。

昼寝も忘れて映画に堪能する。17、8の時代に広島まで出て、三つの映画館を飯も食わずに友達と二人で見て歩いたことがあったが、それ以来の映画鑑賞である。家の中で金も使わずに見られるのだから良い時代だ。

家内が炊飯器のスイッチを入れないで出かけたものだから、午後1時頃腹が減ったので何か食べようとしたが、食べられず旅行の時買って残っていた菓子や菓子パンを食って昼飯をすます。
家内は4時過ぎにやっと帰って来る。

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2008年10月 4日 (土)

あかちゃんが可愛い

10月4日(土)晴
灰色の空、旭は金色に東天に輝いている。朝の気温16度。まだまだ秋は序の口。
10時過ぎ井上に出かける。丁度雅代らも来る。赤ちゃんを置いて何処かへ出かける。赤ちゃんがすくすくと育ち、人の顔をじっとみて覚えようとしている感じ。泣き声はソプラノ、歌手にでもなれそうだ。

菜穂子も来春三月には、病院の薬剤師をしている人と結婚することになるらしい。
なお菜穂子は近く銀行の保健師に転職するとのことだ。
皆それぞれに幸福な人生を着実に踏み進んでいる様で有り難く嬉しい。
正午前には帰宅する。

左足の中指の先が痛み始める。原因がよく分からない。
単なる神経痛かな。

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2008年10月 6日 (月)

義理人情は無くなったか

10月5日(日)曇
今にも降り出しそうな朝からの空模様。気温18度。
午前十時、少し遠くの品数の多いスーパー・ビッグに買い物に行く。とうとう雨降り出す。

午後は過去のビデオテープを引っ張り出して,十数年前面白かった印象が残っている、早坂暁作の「花へんろ」第2章というのを抜き出してみる。
大正の中期から昭和の初期に掛けてのものがたりである。私の生まれる前後の事だから、なんとなく思い出される情景に近い。

へんろは私自身経験がないので、細かいことは言う資格はないが、身じかな人々から良く話しを聞いているので、理解出来ないことではない。
私も四国のお寺にはかなりの数お参りさせてもらってはいるし。

題名からも分かる通り、主人公の若妻の出産から始まって,泣き声のでない子供の事が心配で,八十八カ所の巡礼に出かけるところから始まっている。後半は水野広徳の日米戦争予言と日本敗戦予告を交えての実話らしいエピソードが伏線となってドラマが展開する。

日本も混沌としていた時分のことだから、こんなこともあったかもしれないと半分眉唾でみる。役者がそろって達者なので面白いドラマにはなっている。全部見終わると5時間ぐらいかかる。
ぐったりする。今晩も良く眠れるだろう。
旅行疲れが手足の関節に出て来てあちこち痛い。いつものことだが2、3日遅れて痛みが出て来るのはふしぎだ。

10月6日(月)曇
靄はないが雲の多い天気、今日一日は保つだろう。沖の島影はぴっしりと連なっている。

十四、五年前TVから録画した「花へんろ」シリーズをここ二三日見ている。
また横になりながら読んでいる藤澤周平の小説の乱読が、この一年ぐらい続いている毎日の私の習慣である。

どちらにしても昔から続いた庶民の義理人情の世界が縦横の道徳的規範として貫かれているのを感ずる。
もちろん作者の意図する所だろうが、実際の生活にでも、戦前までは美しく存在していた。

戦後民主主義を謳歌しながらも、義理人情は敝履のごとく捨てられた気がする。
行き過ぎたと思った反省がボランティアなどと舶来語で一部蘇りつつあるが、各地の新しい団地社会、高層ビル社会にとても根付く道徳規範とはなり得ない。

取り返しのつかない大きな損失をしているのではなかろうか。
今盛んに蔓延しつつある諸悪の根源はここにあるのでは。
人ごとのごとく言うけれど、私自身世の風習に押し流されて何事もできない。いやむしろ悪いのは私自身かも知れない。

そして個の権利ばかりを主張する,今の人の世の誤った民主主義を思わざるを得ない。
国の法律も,ジャーナリズムも、どうしてこの増長する個の権利意識に逆らえずに同調し,寧ろ賛美するのであろうか。

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2008年10月 7日 (火)

自然界はままならぬ

10月7日(火)曇
昨日とうって変わって、もやって島影一つみえない。直ぐ目の前の宮島さえうっすらと影絵のようだ。
近く修学旅行で朝子が宮島にやってくると今朝聞いた。もう一年半も逢っていない。ぜひ逢いたいな。
この世におサラバする日も遠くない。幼くて面白かったあの子の姿がちらちらする。
幼稚園のころパソコンでお絵描きをさらさらやってのけて、私を驚かした日の事が目に浮かぶ。

雨になるかと思ったがなかなか降らない。雲はびっしり空を埋めて,日射しはかけらもみえない。

昨日もドル不安の影響で株が¥580も大暴落し,¥10000台を割ったとか。
株暴落は日本だけに留まらず世界各国に及んでいるらしい。幸い貧乏な私には縁のないことだが、世相の不安は困る。

今日の新聞を見ると,アルゼンチン蟻の防除に市をあげて取り組んでいるとか。
気温が落ちてからは我が家では蟻の姿を家の中では見なくなったが,地上では相変わらずしょうけつを極めているのだろうか。
そういえばいつもの年より蝉の鳴き声が少なかった気がする。数理的な裏付けはないのだが。
一番奇異な感じに打たれるのは,台風が1本の上陸して来なかったことである。有り難いことではあるが。
ただ、代わりに水の災害は各地にしかも点を打ったように多かったなあ。
やはり温暖化が自然界に与えた影響だろうか。

カープは僅か一ゲーム負け越して,シーズンを終った。3位にも届かなかった。残念。

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2008年10月 8日 (水)

メール代わり

10月8日(水)晴
朝靄で灰色に空一面覆われているが,強い日射しが窓辺に射し込みひさしぶりに暑くなりそうだ。

大阪の水戸君からメールが入っていて、私のボケを呆けではないと、半ばなぐさめてくれているが、自覚のない呆けではないかもしれないが、先般の旅行の行動は明らかにボケそのものである。
しっかり自覚している。京都の高台寺への道を取り違えたのは、八坂の塔を霊山寺の五重塔と勘違いしたためで、6年振りだから多少の記憶違いがあった。しかし見間違う原因は眼鏡を忘れたからに違いないと今思っている。
眼鏡を忘れるなどは明らかにボケである。
また水戸君は老人のとろくささ、おうちゃくだと断定している。この言葉の意味はよくわからない。
要するにボケ老人が議論した所で始まらないのだが。

お医者で話したら、眼鏡を買ったら良かったのに,今は2,3千円も出したらあるだろうにと言われた。
雨の中、幻のごとき世界をうろうろ歩き回ったのだから,すべては記憶以前の問題だったかも知れない。

部屋の中程まで日が射し込むのだから暑くてしかたがない。カーテンを半分引いて、暗くなるのを我慢する。
沖合いは宮島を始め島々の姿がない。

FM放送も高度化したのか,近代化したのか最近分かりにくい曲の放送が多くなった気がする。
相手が進化し,こちらが老化しているから、その様に感ずるのだろう。哀れなことだ。
ただ、ドラマや映画の伴奏音楽は良いものが多い。いやこれもおいぼれの耳馴染みの良さにひかれた主観的なものかも知れないが。

今日の受信メールを見ると、水戸君がついさっき6分前に私宛に書いたのが着いている。
元気でやってるなと思いながらも、医者に行く時間なので失礼したとあるは前回のメールの中断だろうが、なにはともあれ、忙しいのはよいことだ。
坂口君は相変わらず肉体のトレイニングに精出しているようで、来年に向けて安心できるな。よろしくつたえてよ。
(君は毎日私のブログを読んでるようだから、改めてメールは書かないよ)

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2008年10月 9日 (木)

孫の修学旅行

10月9日(木)晴
十数年前、一番最初に購入したプリンターやスキャナー,ニコンのフィルムスキャナーなどを大型ゴミの日なので捨てる。
最初使った愛着があって、最後まで残していたのだが、余命を考えればもう残せない。
電器店に持参すれば取っては呉れるが,結構お金がかかる。ゴミならせいぜい¥200.ですむ。
先般ノートパソコンを捨てたが小さいからただだ。ゴミ回収業者が取って行かないかなと気に掛かって後で覗いてみたが無くなっていた。これなども電器店では何千円も取られるだろう。

こんな打算が出来るのだから,ボケたといっても認知症ではないだろうな。

昨日と同じ様な天気で,蒸し暑さはなくなったが、部屋に差し込む日射しは結構暑い。

ところで毎日読んでくれてると思われる水戸君よ、君も毎日でなくてもいいから、頭の運動と思ってブログを書けよ。
@niftyのココログ・フリーを使えば無料だし、ホームページ作成のややこしさは皆無だから。
詳しいことは@niftyの”ココログを書く”に入れば教えてくれるよ。

孫が修学旅行で宮島に来るというので、急遽予約していた病院を日時変更する。
どうしても逢いに行きたい。先生が難しいことをいうと困るんだが。

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2008年10月10日 (金)

歳月人を待たず

10月10日(金)曇
朝子が宮島に来るというので,メールのやりとりが忙しい。折角の機会だから是非逢いたいし、成長した姿を見たい。
1年半振りかな。勉強が厳しい学校だそうだからやつれているかもしれない。
来る時間がわかったので、まず連絡船の中で対面したい、する段取りでいる。
お土産を持たしたいが荷になるから嫌だと言う。どうするか、奥方に任せるしかないか。

そういえば、先日のブログで高台寺参詣の失敗記事で,6年ぶりと書いたが、家内から早速クレーム。
良く調べて見ると,清水寺は6年ぶりだが,高台寺は15年ぶりだった。
やっぱり俺はボケてる様だ。
ビデオカメラで撮影した記録を持ち出されてぎゃふんと言わされる。
事のついでだから、DVD-Rに早速ダビングする。

ダビングしてるビデオに、まだ幼かった朝子の姿があちこち写っている。
高台寺に行った前の日に,小さな赤い雨合羽を来た彼女が抱かれたり歩かされたり、ちょろちょろする姿の可愛いこと。懐かしく思い出す。15年の月日は大きいなあ。
下手すると今回が見納めの機会になるかも知れないな。

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2008年10月11日 (土)

物忘れ激し

10月11日(土)晴
明日はうぶすなの神々の祭礼の日である。班ごとに配られたしめ縄を個々に数日前から張り巡らし、てんがいも個々に取り付けている。幸いに予報では昨日あたりから雨だと言うので、張るのを見合わせていた我が家でも家内がさっさと一人で張り終えてしまう。
そこまではよかったのだが、今朝門灯が壊れて転がり落ちたから見てくれと私を呼びに来る。
しめ縄の途中を門灯に巻いて引っ張ったものだから,腐っていた土台がちぎれてしまった。
これは厄介だぞとしばらく考える。
とりあえず掃除してビニールテープで縛り付けて、今日場をしのぎ、最善の方法を考えることにする。

朝子に会うのは1年半ぶりと思っていたが,1年ぶりらしい.家内にまた訂正させられる。
日記帳を見ると,去年の8月12日に車で一家がやってきている。
翌日私の墓を見てもらって,イタリア料理を食べに行き翌日圭さんの郷里に向ったことが書いてある。
あわただしかったから忘れていたのだろう。その前3月に、私の米寿祝に尾道、琴平と旅行したのが最後だと思っていた。最近のことがどうも忘れやすい。わたしだけでもないらしいが。

そう言えばさっきも家内が三生さんさんの死の直前の経緯を語ってくれてたが,全然覚えていない。私は関わりないよといった感じだ。最後の病院で苦しそうにしていたよと言うが皆目記憶がない。
もういかれてしまったらしい。
俺も死ぬときは苦しまんとだめか。

また全身が痒い。痒いと言うことはどういうわけだろう。今朝も門灯の修理をした後,手などに発疹が出来て凄く痒くなった。敏感になったということかな。おかしな病気だ。

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2008年10月12日 (日)

やはり北の思うつぼだった

10月12日(日)曇
ひんやりした朝。
祭礼の子供神輿が巡回すると言うので,家内は祝儀を渡すため早くから外に出たり入ったりしている。
これも町内のお付き合いと言うもの。面倒だなあ。
老いぼれるとこんな些細なことが難儀になる。
といっても普段は皆のお世話になりっぱなしなのだから、我慢しなければならない。

今度の金融恐慌は世界大戦後の大恐慌以来のものとか。
ゼロ金利を背景に、ダブついた金融が、証券化商品というものを考え出し、実資産の4倍もの金融資産を生み出し、遂に破局を招いたらしい。庶民は低金利に困って,訳の分からぬ不動さん担保などの高金利証券に吸い寄せられ,世界的規模にしわ寄せをくった。
日本では1年の間に証券価値が半分以下になったとテレビでは言っている。
戦争がなければこんなことも起きるだろうな。

アメリカが北朝鮮のテロ支援国家指定を解除した。とうとう北朝鮮の粘り勝ちである。
これで拉致問題は宙に浮くことになるだろう。
ブッシュ政権の末期的症状と言えるかも知れない。
世界一の産業国の座から滑り落ちるをしのぐため、金融大国化を押し進めたつけが、今バブル崩壊の危機に世界を巻き込んだ。イラク戦争の始末と共に、ブッシュの功は無に等しく,罪ばかり突出する歴代最低の政権というべきか。

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2008年10月13日 (月)

緒形拳やはり惜しい俳優だ

10月13日(月)晴
今日も旗日だった。この頃の旗日は年により移動するので分かりにくい。より近代的ということなのか。
私らみたいな隠居には、どちらでもいいことだが。

雲の全くない日本晴れ。まだこの言葉存在するのかな。
朝の気温12度。涼しいとは言い難い。

昨夜は緒形拳さんの追悼ドラマを見る。ガンに苦しんでいた当時の映像だろうか、やはり演技のあちこちが痛々しい。
ごく普通の振る舞いにも重厚さがどっしり貫かれる。名優なる所以か。少し早過ぎたかな彼の死。

株価はまだ下げ止まらない。公平にとはいえないが、世界中一様に打撃を蒙ったことはせめてもの救いである。
物価など実経済に影響が出れば素直な結末なのだが。

品数が多くて値段が安いビッグまで出かける。人も多い。年金だけの生活だから安ければよいと追っかける。まだ車が使えるから出来ること。有り難いと思わなければ罰が当たる。

明日修学旅行で来る朝子に電話し,再度場所を確認する。天候はくもりとあってまあまあだ。うまく行けばと祈る思い。

アメリカの北テロ国家指定解除はなんとも友達甲斐のないことで、がっかりだが、拉致被害を受けたのは我が国だから人を当てにすることはない。毅然として国交は断絶したままでよろしい。こんな国と付合う必要はどこにもない。
拉致被害者にはまことに気の毒だが、殺されたものと諦めてもらう以外にない。

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2008年10月14日 (火)

東京の孫修学旅行で宮島へ

10月14日(火)曇
今日はすっかり雲に覆われてすっきりしない。
朝子の旅路が気に掛かる。昼には原爆ドームに参拝するのだろうが、予定通り進行して欲しい。

午後雲間を抜けて日光が輝き始める。もう雨になる気配はない。

3時に家を出て、宮島口に向う。
松大汽船側の窓口で、学校からの予約受け付けが入ってると言うから,同じ松大の切符を購入して待つ。
4時過ぎ8台のバスに分乗してどやどや到着する。
私らと同じ思いの祖父母と見られる人が何人も待ち受けて居られる。在京の子女を持つ人の多さを感ずる。

クラス名を予め聞いていたので、それを目印に捜し簡単に孫を見つける。もちろん孫からも合図がとどく。
見分けがうまくつくかなと思っていたが、なんとか直ぐ分かる。成長の早い時期だけに変化が大きいから、案外難しいもんだ。
その証拠に、隊伍を崩してばらばらに歩き出すと、まもなくどこに行ったのかわからなくなる。同じ年齢の4百人近い生徒を混ぜ合わすともう見分けは着かない。

要所要所で先回りして,探し出す。もうこちらは観光どころではない。もっとも始めから観光をかんがえてはいないのだからそれはいいのだが。時折捕まえては歩きながら思いつくままに話す。
彼女らのグループがあって、明日の神戸などもその単位で行動するとあって、一人離れて私らと行動することはできない。結局中途半端な接触で要領をえないままに終ってしまった。
しかし久しぶりに対面を果たしたのだからと満足する。

もちろん孫の方から見れば、かえって煩わしく迷惑だったかも知れない。
いつの世でも親が思う程子は思わず、ましてやじいばあと孫では関心の度合いがまるで違うのが普通なのだから。

近所に住んでいる長女の子らと遠く異郷の地に暮らしていたこの子とは同じ孫でも、接触の度合いがまるで違っている。
こちらは珍しくて知りたくて仕方がないのだが,孫たちから見れば他人よりも遠くて親しめない人かも知れない。
人混みの中では探し出すのに困る程の記憶しかない祖父母なのだから。
しかしそれでも、年老いて一生懸命逢いに行った祖父母の気持ちだけはいくばくかは届いたかしらと思うのである。

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2008年10月15日 (水)

宮島のあなごめし

10月15日(水)晴
昨日とまるで違ってよい天気。朝子は今日明日神戸,京都に遊ぶということだが、良い勉強になるといいが。
高校2年生ともなると、皆体格もがっちりして、身体だけは立派に一人前だ。行動も溌剌としている。
後は心の在り様だけだ。実はこれが一番大事な、一番難しいことなのだが、戦後の教育は一貫してこれが後回しにされているようだ。

昨日は若者たちについて歩いたので,足腰が少し痛い。しっかり歩くと言うことは結構強い運動になるもんだ。
宮島口の老舗「上野」で名物のあなご弁当を買って帰って夕食にする。私に取って、ここの弁当はまだ学校にも行ってない幼少時代から食馴染みのものである。

ところで昨日は随分ケータイのお世話になった。しかし日頃使い慣れていないので,操作が簡単には覚えられず、しかも次の入力を考えている間に画面が消えてしまってその都度やり直さなければならず,面倒なこと甚だしい。
若者の様に指が動かないし、頭の反応も鈍い老人にはやはり向いていないようだ。

昼寝してふと目覚める。窓の外は薄暗くなっている。一瞬朝か夕方か迷う。2時間ぐらいぐっすり眠ったらしい。
昨日の疲れが出たとしか考えられない。
夢幻の境をさまよう感じはまぎれもない。終わりが刻一刻近づきつつあるを実感する。

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2008年10月16日 (木)

庭木の手入れ

10月16日(木)晴
シルバーの植木職人さんが2名朝8時に来てくれる。2週間前に家内がお願いしていたもの。
ほとんど一日掛けて庭の植木を綺麗に整枝してくれる。やはり専門だけのことはある。
永年持て余して来た松なども、まったく涼しげになる。3時過ぎには仕事を終えて帰って行く。
手軽に頼めるいい方たちだ。
二人合わせても半人前以下の管理能力しかない老人には有り難い存在である。

家内は昼前に内藤内科に出かけて血液検査などを受ける。2時間くらいして帰宅。やはり血沈反応が30(前回は3)になっていて、リウマチがやや悪化しているらしい。新しい薬を飲むことになる由。

昨夜は顔が痒くて寝付きが悪かった。今日もよくないので、塗り薬は止めにする。どうやらアレルギーになったらしい。薬を替えてもらわなくてはなるまい。

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2008年10月17日 (金)

”日本のいちばん長い日”の教訓

10月17日(金)晴
朝広島総合病院に行く。薬をかなり替えていただく。カユミ止めの飲み薬も2種類貰う。また全身に湿疹が出ると怖いのだが。
担当の先生の診察が他の先生より30分遅くからなのでイライラして待つ。どうもいかんなあ。8時前に来ていたので、物凄く待たされた感じでいたたまれない。老人が気忙しくしても仕方がないのはわかっているのだが。

帰路銀行と郵便局に寄る。デオデオにも寄るつもりでいたが止めて帰る。

古いビデオで「日本のいちばん長い日」というのを見る。もちろん戦後も20年以上経ってから作られた映画だから、誇張も含まれているだろうし、眉唾の所もあるが、軍部の混乱はその通りだろうし,一番惜しいことをしたなと思ったのは、各官庁で貴重な資料を焼却してしまったことである。
歴史はかくして歪曲へ前進する一方になった。
豊臣が滅び徳川一辺倒の歴史となったように、敗戦による敗者の資料破棄は有意義なものまで無に帰する。
後世への教訓は残らない。それが残念である。

ただ救いは我々戦前を知るものが数こそ減ったが、古き良き世を再発見すべく、力を惜しまなくなった昨今の風潮を嬉しく見守ってはいるのだが。
欧米を見習えの怒濤の政治経済文化の流入も、ここに来て馬脚を露呈して来た。
なんでもそうなんだが、100%満足なものはこの世にはない。大いに目覚めなければならないときが今株大恐慌と云う形でやってきた。

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2008年10月19日 (日)

DVDダビング

10月18日(土)晴
古いビデオをDVDにダビングする。
オーケストラの少女、ドクトル・ジバゴ、そしてやはり随分前に録画し
た「みちしるべ」というドラマ。
終日かかる。

オーケストラの少女は昭和15年に日本で封切られたご存知の音楽映画、
甘いペーソスに包まれた典型的なアメリカ映画。ディアナ・ ダービン
主演、当時14歳とか、凄く可愛くて当時の人気を独占した。指揮者の
ストコフスキーのノンタクトの指揮振りが評判となった。ダービンは大
成する事無く10年ぐらいで引退、クラシック歌手としても名をなす事
はなかった。ただ美しく甘い声だけの歌声だから、オペラ歌手としては
無理だっただろう。
ジバゴは4時間を超すアカデミー賞空前の大作で御存知の人も多かろう。
みちしるべはリウマチで半身不随の奥さんを乗せて、九州を周回するこ
と6度目の夫婦二人連れ。関門海峡を手始めに、国東半島の磨崖仏、阿
蘇山麓、天草諸島を経て島原半島の一漁村で、車を止めて、釣りに出か
ける70歳の主人に「名札の付いた鯛を釣って来てはいやよ」との奥さ
んの声が別れの言葉となる。
私も九州は仕事の関係で何度も何度も、十数年間巡り歩いた。曾遊の地
が随所に現れて懐かしい。
そして事情が許せば、私もこのドラマと同じことを企てたかも知れなか
った。

10月19日(日)晴後曇
パソコンが起動は出来るのだが、テキスト関係のアプリやsafariが使え
なくなった。再起動したりいろいろやってみるが駄目。
日曜日だから販売店のサービスも駄目。
仕方が無いから、古いiMacでこうして今日記を書いている。
終了の仕方が悪かったか皆目見当が立たない。15年にもなるが、機械
そのものが動かなくなって修理に出したことは何度もあるが、機械その
ものは動くのに特定のアプリのみ起動しないとか、保存出来ないという
のは始めてだ。
明日にでもメーカーに問い合わせることにしよう。

昼前家内が植物園に行こうと言い出す。
神経を落ち着かすのにいいかなと思って出かける。
天気が良すぎて暑い。手前から山に登る。稜線を歩いて日本庭園まで行
く。
菊にはまだ早く、めぼしい花はサルビアやコスモス。従って客数は少な
い。のんきに芝生の上で弁当を広げている人がかなり居たがあれはいい
なと思う。
こちらは食堂に入ってラーメンをすする。

行き付けのガソリンスタンドがなくなっているのに驚く。他のスタンド
に入ってガソリンを補給する。ガソリンスタンドの廃業が多くて、お客
が増えたとそこの店員さんが言っていた。
消費者も大変だが、売る方もただ事じゃないやな。よくわかる。

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2008年10月21日 (火)

道草

10月20日(月)晴
朝郵便局の開くのを待って金を出し、その足でFMXを家内のために買いに行く。もどると今度はデオデオに電話して、パソコンの修理のことを頼む。
それでもなんとかならないかと何時間も呻吟する。
夕方やっと来てくれて、マックには詳しくないのだがといいながらも、やはり専門家、マックそのものの基本ソフトがいかれているらしいから、backupをよくとって、全部を除去して再インストールしかないですよという。

OSXのマニュアルにもそのように書いてあるし、やり方も割と詳しく書いてある。
ご意見ありがとう、それでは自分でやってみますからと、足代だけ払ってお帰り願う。

さあそれからやり始めたが、OSX10.5のインストールディスクには除去ソフトがついていない。やむを得ず10.4のインストールディスクを使って除去とインストールを同時に行うことになる。バージョンが一代前になったがしかたがない。調子がよくなればまた元に戻せばいいのだからと、強行する。

今晩もまた遅くなりそうだ。
途中一眠りしたが、すぐ起きだして仕事をつづけ、午前3時半床に入る。

10月21日(火)晴
朝7時前起きだして、昨夜の続きを20分やる。快適に動く、違ったパソコンのようだ。
もっともファイルの数が1/5程度だから当然ではあるが。ぼつぼつアプリから埋めてゆくのだが、同じ轍を踏まぬことが肝心だ。
昼近くなってかなりの主要なソフトの更新が出来てほっと一息つく。

げにトラブルの怖さや!一時途方にくれたが、デオデオの店員さんの「これは再インストールしかありませんよ」の一言が清水の舞台から飛ばしてくれた。
しかも全ファイルを除去しての再インストールはこの機械では初めてだった。
何事もなかったかのようにすらすらと滑るように動く。

昼飯をくって一眠りする。奈落の底に落ち込んだような深い眠りだった。一時間ちょっとだった。
顔がやたら痒い。かゆみ止めの薬を塗る。滲みて痛い。
夕方には40GBぐらい戻った。160GBのHDだからまだ1/4だ。動きがよい筈である。

私のブログにやっと入ることが出来た。パスワードがあれこれやってるうちに偶然行き当たった。機械というのは正直だなあとあきれる。
これで一日休まされたが、また続けることになる。下らぬことだと思いながらももう死ぬまでやめられないだろう。
パスワードは盗難事故などにはいいだろうが、自分一人のものだからいろいろ思いつきでやるのは考えものだなあと性根がいる。

ソフト一つ一つにパスワード、やれID,やれシリアル、やれ登録番号などと探し出して、一致しないと使うことも出来ない。何百とあるのだから簡単ではない。一応は表にして整理しているのだが、結構落ちているんだな。特にバージョンアップが激しいと困る。
時には新しいバージョンを買わされることになったりする。

再インストールをする前に、前のバージョンの付属ディスクにHardware testというCDがあったので、ためしに使ってHD全体の検査をしてみた。こちらは完全に何の故障もないと出た。問題はやはりソフトだけの故障だった。そのことがはっきりしたこともよかった。

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2008年10月22日 (水)

復旧作業つづく

10月22日(水)曇
天井天下すっぽりと灰色に包まれてすぐ目の前の天神山の向こうはもう見えない。しょぼしょぼと降り始めても一向におかしくない。
昨日夕方になって内藤内科に行く。三月たったから心電図を取ると看護婦からいわれる。
先生はそれをみてまあいいだろうとご託宣。薬が効いてるかなと洩らされる。

急激な運動はさけているから、呼吸の切迫感を感ずることは絶えてない。
運動をしろといわれるが,する機会がないし、作ってまでしようとは思わない。これ以上長生きしては係累はもとより世間様に申し訳がない。
必ず死ぬるのだから、自然体で行きたい。

昨夜も夜中に目が覚めて眠れなくなったので、パソコンをいじる。iLife 8、iWork 8をインストールする。OSX10.4.9以上でないと受け入れないらしく、最初いれたiWork 8はインストール出来なかった。そのうちMacが自動的にバージョンアップしてくれて、OSX10.4.11になってくれる。
その後またインストールすると今度は素直に完了する。ちょっとしたことでもパソコンはだませない。
細かいソフトの復旧がぼつぼつ続く。一日かかって50GBに及ばない。
まあ気長にやるか。

降りそうで降らないままとうとう夕方になる。お蔭で気温も上がらず,じっとしておると寒いくらい。
夕闇が深まるとともにしとしとと遂に小雨になる。

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2008年10月24日 (金)

退屈な日々

10月23日(木)雨
ひどくはないが、夜の間じゅう降り続いたらしい。明けても小雨は降り続く。
庭がよく乾いていたのでいい潤いだと家内は喜ぶ。
昨夜飲んだポララミンが効いたと見え、顔のかゆみは幾分楽になった。睡眠剤も入っているらしく起きるのがつらい程眠い。

しとしと雨がとうとう終日続く。
ちょっと買い物のお供をして近くまで出かけたが、出歩きたい欲望などかけらもない。
音楽も飽きたし、テレビやビデオも見たくない。寝転んでばかりだ。

ただ古い写真を見て、昔を思い出しながら眺め暮らすのはいいもんだなとは思っている。
特にカンパンを齧りながら、野戦の苦労を忍ぶのは悪くない。思い出が溢れるように沸いてくる。ただ写真が乏しいのがなさけない。

10月24日(金)曇
一応雨は上がっているがまだわからない。空にはかなり厚く黒い雲が漂っている。
日は時折薄い雲間を通して光を投げかける。

昨日から腹具合があまりよくない。下痢気味なのである。何が原因かわからない。時折下腹部が痛い。

スーパーなどで買う食物も最近は油断出来ない。家内などはよく気をつけて買う方だから安心して任せているのだが、かなり有名品でも危ないのがあるからまるまる信用は出来ない。今頃は特に中国というだけで拒否反応を起こしてしまう。

夕方近く青空があちこち顔を出す。このまま天気は回復しそうである。

昔のアメリカ映画「我が道を行く」をみる。人間の善意丸だしの、当時の典型的なアメリカ映画だ。ビング・クロスビー主演、当然彼のクルーナーぶりが発揮されている。しかし後年の「ホワイト・クリスマス」とは違って、全編音楽ずくめではない、ドラマ主体となっている。
欧州ものにくらべて、当時のアメリカ映画は、明るい楽しいつくりのものが多かった。驚くような展開はないのだがしみじみと心に残った映画だった。

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2008年10月25日 (土)

ビデオデッキダウン

10月25日(土)曇後晴
連日灰色に包まれた空が続く。
顔の痒いのがしばらく続いていたが、今日あたりはいくらか軽くなったかとおもうと今度は背中がやたら痒い。どうやら転移したらしい。
シャツの枚数がふえたところだからかくのもしんどい。嫌な感じである。

家内は公民館祭りに午後出かける。昔の仲間と久しぶりに歓談したらしい。弁当をもらってきて、仲間の話がしばらく茶飲み話を占領する。
家内のビデオデッキがダウンする。ばらして中を見たが素人が直せるようなものではない。
無くなると不便だと家内はほざく。テープは1200本もあるのだから見られないとこまるだろう。といって私の分は目下DVDにダビングするのに毎日使っていて貸してやることも出来ず。今更もう一台買うのもどうかなあ。

デジカメになってからそれでなくとも写真が多くなって整理するのに困ることになってきた。簡単に撮れるからどんどん増える。馬鹿ちょんのときも急激に増えたけど、いまやその段どころではない。撮っただけでプリントもしないのがその3倍にもなる。一つのSDに1500枚も入るのだから、溜置きに困ることはないのだが、それだけではつまらないしなあ。世の中まったくどうなるのかしら。

産經新聞によると最近対馬に韓国人が観光客もふくんで大挙押し掛け、元来は韓国の領土だといきまいて変な動きをしているとか。竹島のしっぺいがえしをしているらしい。これではなかなか仲良くはなれないなと思ったりする。
家内もこの2、3年どっぷり韓国ブームにつかっていたが、最近飽きが来た言っている。やはり最近の韓国の変わりようが気に入らぬらしい。
国民感情などというものは、ちょっとしたことですぐ変化するだけに全く当てには出来ない。

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2008年10月27日 (月)

寝て暮らす

10月26日(日)曇
朝14度。雲深く薄ら寒い。
家内のビデオデッキとうとう壊して、テープを取り出す。テープが奥の方で巻き付けを起こして、なんとか取り出したテープも使い物にならない。
結局ゴミがふえたわけ。

人間も寿命があるが、ものにも寿命がある。しかたがないな。

夕方まで寒空が続いて、とうとう買い物にも出ない。明日はパンがないが他のもので間に合わすという。
電気コタツをひっぱりだす。足をつっこむともう出られない。
最高気温18度は少しひどい。

10月27日(月)曇
朝気温12度、黒雲が空に広がり、予報に反して降雨の恐れも少なからず。
起き抜けの気分あまりよくない。
家内は気温の変化が体調に影響することを盛んに口にするが、私も同様らしい。体のあちこちに激しく痒痛を感ずる。

久しぶりに壱番屋に行き、カツを食う。広電に回り、チョッキの安いやつを2枚買う。
体が冷えてどうにもならないから。

今日ぐらいの寒さで震えていてはこれから先がどうなることやら。心臓が弱ると血の巡りが悪くなるからしかたがないな。

もう走ることは全然出来ないし、自己発熱は無理だから、やはり寝て暮らすことになりそう。

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2008年10月28日 (火)

ビデオデッキは希少価値

10月28日(火)晴
紺碧の空とは言い難いが、まずまずの秋の空。さんさんと射し込む日光に、私の部屋は格別に暖かい。
ふと母方の祖母が、日当りのよい隠居部屋で、猫を抱いて気持ち良さそうに、こっくりやっていた昔の姿を思い出す。
だが、死の間際はあまり幸福とは言えなかった、一家を掌中の珠とした、やり手のばあさんの最晩年の一こまである。

テラスの物干し場には古いムートンが現れる。どこにあったかここ数年お目にかからなかったが、寒さにたまらず出現したのであろう。
昨夜も夜半に顔が痒くてたまらず、遂に起き上げってネットをうろうろしたりする。
相変わらず、昼の方が安眠出来るようだ。

昼前になって、家内の誘いに乗って、デオデオ本店にビデオデッキを買いに行く。
ビデオテープだけ用の機械は案の定船井電機のもの一種類しか売っていない。¥8000.にしてくれたので早速買って帰ることにする。
アナログ録画は2011年までだから、もう見て楽しむだけのものだが。
久しぶりに来たので、シェーバーやパソコン用の小物類をいろいろ買う。結構荷物になる。
都合2時間ばかりいて帰宅。

早速ビデオは見られるようになる。新しい間はなんでもいいな。

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2008年10月29日 (水)

映画「我が道を行く」

10月29日(水)曇
朝から変化が多い空模様で物干はどうだか。
気温は昨朝は10度と低かったが、今朝は12度と平年通り。

そのうち時々日が射したりして暖かくなる。それでも数週前の暑さに比べては変化の激しさを今更に感ずる。

午前中「ローマの休日」と「我が道を行く」をテープからDVDへダビングする。
”我が道を行く”は随分前の作品だから白黒だとは最初から思っていたが,”ローマの休日”まで白黒とは思いがけなかった。
ヘップバーンとペックの華やかな邂逅、しかもヨーロッパ最古典の地ローマが舞台だけに,カラーとばかり思いこんでいた。
白黒の時代だったかと改めて驚く。そしてカラーに劣らず凄い絢爛さに二度驚く。

クロスビーの”我が道を行く”は倒れかかった教会を建て直す修道僧の役割だけに、彼の音楽とは別の地道な映画である。彼の歌声は後年の”メリークリスマス”にくらべて、その本領発揮の場面ははるかに少ない。ただ一つ、不良少年を集めて合唱団をつくるなどは彼にふさわしいしゃれたアイディアだ。しかし俳優としての彼のこなしぶりはすばらしい。心を打ついい映画である。
戦後間もなく廃墟の中で見た米国映画だけに,敵意が抜けきれていない私には最初は腹立たしい思いで見始めたのだったが、間もなくアメリカ人の良心の根は日本と違わないのだと思い知らされたわけだった。
いずれも古今を通じての名画であることに異存は起きない。

小沢征爾氏が文化勲章を貰うことになった。大賛成だね。日本の誇り以上の存在だから当然だ。
これからもますます活躍して欲しい。

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2008年10月30日 (木)

老人の苦情

10月30日(木)曇
雨の心配はなさそうだが、どんよりした空で、老人同様はつらつとした空気は感ぜられない。
外に出なければ、世間の気配も写らない。
老人二人では話すこともない。音楽やテレビの声がわずかに家の空気をゆるがせているだけだ。
今日から顔のひげをそることを、一日おきにすることに決めた。
顔の痒い原因の一つにどうもひげ剃りが影響しているらしいからである。

乾癬の治療薬は何十年来副腎皮質ホルモンである。初め頃はごく軽いもので効いていたのだが、最近は最強の薬を使っている。
先生は出来るだけ使わすまいと考慮している風である。しかしそれではどうしても治癒しない。
そしてこの薬は本来かゆみを増長さすくらいで押さえる効果は殆どないらしい。
かゆみ止めは何種類も貰ったがよく効いたためしがない。
今も2種類貰っているが、3月頃のように下手をすると全身に薬疹を起こすおそれがあるので怖くて服用出来ない。

ここ3ヶ月くらい顔が変形するくらい腫れぼったくて痒い。
先生の処方の薬をとっかえひっかえ使っているがどれも効果がない。ひどくなるばかりだ。
痒いというのも大変だねえと家内も同情の弁をもらす。

実のところ痛い目にあって死ぬるのは嫌だなと常日頃思っているのだが、痒いのがこれほど苦痛だとは思ってもいなかった。
やっぱり死ぬのは楽ではないな。
家内のリウマチはここのところ軽くなっているらしい。おかげで元気になってありがたい。
季節の変わり目は体調の変わり目というからあまり喜んでもおられないが。

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2008年10月31日 (金)

バラマキのチャンス

10月31日(金)曇
今にも降りそうな雲行きである。気温は11度だからかなり低い。
またセーター一枚着込む。
家内は何か言って外に出て行ったが、何を言ったかわからない。買い物は昨日済ましているから、その用事はない筈だが。
この天気では、乾きそうには見えない洗濯物がほんしょうしょう竿にぶら下がっている。濡らさないうちに入れておくか。

家内は内藤内科に行ったのだった。そういえば昨日から何度も出かける話をしていたし、医者の門前まで昨日は送ったのだったが結局は明日にしようということになったのだった。物忘れがよすぎる感じである。
この日記もそのうちとんちんかんなものになるに違いない。
狂人のたわごとといった題名をつけなくてはならないかも知れない、

昨日総理の記者会見で、国民に一律に¥15000.づつ給付金をくれるという。野党の中には皆貯金して使わないから産業の振興には役立たないというのがいた。小さすぎて貯金にはしにくいだろう、早速うまいものでも食いに出かけるか、ドレスの一枚でも買うことにする。
やっぱり貯金にはしてほしくないな。もう一桁多ければ皆貯金になるだろうが。

ところで今は買う相手が外国が多いということがある。努めて国産品を買ってくれと注文つけなければいけないかもしれない。

昔アメリカで不景気な時、国民に年金みたいなものをばらまいたことがある。皆喜んで物を買いお蔭で景気が立ち直った。有名な話である。
一番簡単な方法で効果があることで知られる。麻生さんは炭坑の親玉の子孫だから家訓として残っているのかもしれない。金持ちが溜め込んではいけないのである。”金持ちがしっかり無駄使いをし、貧乏人には現金を与えよ”が景気浮揚の鉄則である。いみじくも思い出したと見える。

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