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2008年9月 7日 (日)

武漢大学と黄鶴楼

9月6日(土)曇
朝雲と霧濃し。風もなく蒸し暑し。
彩寧が生まれて1ヶ月になる。よく呑みよく泣くらしいから健康状態は良好だ。
今度住まいを東広島に変えたらしいから、今日あたり新居を見に行くらしい。引っ越しは婿さんが既に済ませているから、見に行くだけでいい。

午前10時半歩行練習のため植物園に出かける。折から日射が強く大丈夫かなと危惧しながら。
入園するとすぐ氷の入ったジュースなどを呑み、さらにお茶のボトルを提げて歩く。
まず涼しい所からと山に登る。大きな樹木が茂っていて,場所によっては風が通り抜けて涼しい。
12時になったのでレストランに入り,うなぎ飯を食う。おいしい。
午後本館に入り今夜行われるイベントの目玉夜香木や月下美人を見て廻って帰路につく。

途中スーパーにて食料を仕入れ,帰宅。結構疲れる。
3時までぐっすり眠る。
夜パラリンピックが始まる。

9月7日(日)曇
昨夜は雨の予定だったが全然降らずじまい。
昨日からの蒸し暑さが続く。朝早く対バーレーン戦サッカーの模様が伝えられる。押し込まれたまま時間切れで救われる。勝つには勝ったが終盤5分間が相変わらず弱い体質は体力の差か。

11時半小雨がぱらぱらと1,2分間ちらつく。その後カーッと日射しがきつい。

ぼんやりと庭先から沖の海を眺めていると、唐突にも若き日の思い出が蘇って来る。ぶり返した暑気が正常な記憶を包み隠したのかも知れない。
昭和19年4月5日、所属する独立自動車第31大隊は東安省斐徳を去って、中国に入り南京を経由して、4月26日湖北省武昌に到着した。第一次湘桂作戦が始まるまでは、別に用事もないので近郊の名所黄鶴楼や武漢大学を車で訪ね歩いた。まだ中国の本物をしらない時分だったから、その美しさに驚嘆した。1ヶ月くらい駐留したので、なんども訪れて飽きなかった。宿舎になった民屋にさそりが出没したり、電圧が違うため電気器具が使えなくて、夜は不自由さに往生したり、いろいろの思い出があるが、それらを忘れさせて充分な名所の豪華さであった。

湖辺に立ち上がる竜宮城の趣のある武漢大学は、なぜ、どうしてと目をこすりつつも、その実在を認めざるを得なかった。

黄鶴楼に登れば、長江を挟んで漢口の市街は丸見えだったが,不思議に出かけて見ようと云う気にはならなかった。
生来都会の喧噪は嫌いだったから。

家内の友人から夜電話が掛かり、長い話しになる。なにか友人間でぼけが始まってるらしい。
家内は私にまで其の話を伝えたいらしい。話しが終ると私にその話のお鉢が廻って来る。叶わんから二階に逃げる。

それにしても近所といい、友人といいぼけ話が急に多くなった感じだ。
やっぱり温暖化による天候異変に関係があるのかもしれないな。Kanshi01sn
Kanshi01p
(wikipediより)

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