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2008年8月 4日 (月)

生きるという映画

8月4日(月)曇
あまねくオープンに開かれているインターネットだからこそ、思わぬ人からの通信も入って来る。
昨日寄せられた武内さんのコメントでも、私のブログにいつも目を通しておられるらしい、並木さんの目に止まり早速資料を調べられた結果、以下のコメントを頂戴する。
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 御無沙汰致しております、並木です。
その節はいろいろな情報ありがとう御座いました。
 プログを拝見致しましたら、竹内太郎氏のお名前が出てまいりましが、
この方は、私の父と同じ第一中隊に所属しております。
 中隊の編成表を見ると、衛生下士官軍曹竹内太郎と名前が読めます。
 この編成表は、父が軍曹になっておりますので、華中に移動後の物と
判断出来ます。19年4月に華中に転用時には、父は伍長ですから、
父が収容班長で軍曹になっておりますので、竹内太郎氏も華中に
移動されたものと判断できるかと思います。
 つくば会の会員名簿にも竹内太郎氏の名前が載っております。

私と同じように遺品の整理などから亡き父の事を調べる方も多いの
でしょうね。
 篠原さんの書かれているホームページやこのプログを見て、
思っているよりも多数の方が、情報を得ていることと思います。
 これも篠原さんのページのおかげかと、です。

8月に入り、終戦の日が近づき、又、例年のように戦争の事がテレビに
出る事も多くなり、記憶も呼び戻されるようです。
 私も当時の戦争の記録などを見る目が、例年とは違った目で見るでしょう。

暑さ厳しき折、残暑お見舞い申し上げます。
お体大切に、これからも篠原さんのプログ楽しませて下さいませ。
                          並木
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全く時間単位で情報が伝播する。有り難いやらこわいやらである。

午前中せいこうに背中の傷を診てもらう。もう大丈夫だからあまりこすらない様にして風呂に入ってもよろしいと言われる。全治17日ということか。庭でちょっとふらついて転んだだけなのに。

昨夜は黒沢映画「生きる」を見る。改めてこの映画の価値を再発見した気になる。
出来上がった公園のブランコで恋せよ乙女を口ずさみながら、死んで行く場面のみいつまでも記憶に残った映画とのみ思い込んでいたが、さにあらず葬式の場面で展開される名誉欲のやりとりこそ黒沢の狙いだったことに気がつく。
凡そ半分の時間を割いてながながと参列者(殆どが役所の上司同僚部下などである)の回顧談義がつづく。どこにもありそうな話し合いが延々と続く。市民課長の死を予期しての置き土産の努力だったことを知らされるというのが落ちだった。
黒沢映画は基本的には分かりやすい映画といえるし、やはり心に残る映画には違いない。

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