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2008年8月 7日 (木)

学校の先輩

8月7日(木)曇
昨日とそっくりの朝模様。少し雲が多いかな。
甲子園の高校野球を朝からテレビ見物。
午後には地元の広陵が高知高校と当る。
広陵は投手がよくないから、打撃の差と思っていたが、4回に集中打で5点先取したのが大きかった。
予想通り同点に追いつかれるのだが、7回に3点取ってなんとかものにした。
結局得点力の差が物をいった。

最近教員の採用試験汚職が問題になっていて、大分に始まってあちこちでくすぶり始めた。
昔から就職試験には情実はつきもので、その裏で金が動くのは仕方のないことであった。
私が満洲重工業の試験を受けたときは正に情実そのものといってよかった。
満業傘下の各社の統合試験で、試験官は満業庶務課長の林周介氏ほか十名ばかり。
ただこの時は金は動かなかったが、学閥がものをいった。
面接の時、君は経済政策や商品学が得意な様だから満洲鉱山に行けといわれた。満洲自動車が希望の様だが、まだ計画だけで仕事は始まっていないから、そうしろと勧められ、ではそうしますと答えた。自分ではこれで決まったなと思っていた。
控え室で終るのを待っていると、X高商の生徒はここに集れと試験官の一人が出て来て我々同級生を集めた。そして後で採用通知を渡すから貰って帰る様にいわれた。
百人ぐらいいる就職希望者の中でやられたので、他の大学や専門学校の学生などは、X高商はどうしたんだ、そりゃあないよと文句が出る始末。こちらは他から文句が出ようが与り知らぬこと。最後まで待ってちゃんと採用通知なるものを貰って意気揚々と故郷の家まで帰った。しかし内心どうしたことだろう、変んことをするなあと思ったのだが、後で聞くと林周介庶務課長が私の学校の先輩だということだった。

当時はそれほど就職難の時代でもなかったし、いい先輩が居れば自然と採用されることになっていたようだ。
私は一発で満洲鉱山に決まったので就職の苦労はなかった。もっとも戦後兵役を終ってからは大変だったが。

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