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2008年8月16日 (土)

汨羅

8月16日(土)曇時々雨
昨日の朝と同じ雲行き。気温まで同じ。御蔭で今朝も涼しい。予報に反して雨は降っていない。
涼しい日に墓参りと思ったが、盆明けのラッシュが始まっていると聞いて取りやめる。うちでじっとしている方が良さそうだ。

9時過ぎとうとう雨が降り始める。20分もすれば止む。
昼は壱番館で野菜カレーを食べる。スーパーでちょっと買い物。
午後1時また降り始める。間もなく又止む。むらきな雨だ。
3時雷鳴轟く。雨少々。
吹き込む風が涼しく、俄然楽になる。
昔から盆を過ぎれば秋風が吹くと言ったものだが、もっとも旧暦時代の話しだから今に当てはまるものではない。
しかしそんな俚諺を思い起こすほど今日は涼しい。

東京の娘が晴子を伴ってこちらへ来ると言う。20日に来てまだ名前のない曾孫を見て22日にはもう帰京するとのこと。慌ただしいことだ。

大東亜戦争終戦時の思い出をまた綴るわけだが、桂林郊外周家村を昭和20年7月23日夕刻出発して夜間行軍で、約200キロ北方の湖南省祁陽に到着したのが8月15日朝で、23日を要している。部隊本部が既に8月4日祁陽市内の張家舖に到着駐留していたので、16日は近所の現地人の招待だったか、こちらの費用で調達したのか忘れたが、豚を一頭殺して全員にご馳走を振るまった覚えがある。

翌17日敗戦を知り、昼間行軍に切り替えて20日には更に約200キロの長沙に入り、部隊全部集合の上中国軍の武装解除を受ける。殆どの車両、兵器、弾薬などは中国軍に引き渡す。
長沙からは、30日夕出発、全員徒歩で取りあえず汨水まで120キロを昼夜を掛けて行く。
9月2日汨水に着いて、岳州行きの貨車(薪燃料の蒸気機関車)に乗ることになり、何時間も待たされる。
この間に一昨日書いた様に偶然にも、汨水河畔にあった通信隊の兵隊から借りた軍の無線通信レシーバーで、ミズーリ艦上の調印模様の中継を聴くことになったわけである。滂沱と下る涙、もはや外聞も何も無かった。
奇しくも場所が屈原が無念の入水自殺を遂げた歴史的に著名な汨羅だったことが、私の義憤の感情を更に高めた。
生涯を通じて忘れ得ない光景である。

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