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2008年7月 9日 (水)

宙に消えた2年間の戦場写真記録

7月9日(水)晴
広島総合病院に行く日。家内が3年ばかり前診察を受けた鼻炎が又悪くなったからと一緒に出かける。
私はいつも通りの順番で早く終ったので,家内を置いて先に帰宅する。患者が多いから昼まで掛かるだろう。

外は朝早くからかんかん照り。梅雨はもう終ったのではないかなあ。

12時をちょっと過ぎたところで家内は帰って来る。あまり変わったことはなかったらしいが結局昔ながらの薬を貰って帰る。全然同じ薬を。

並木さんまたまた今度は戦後30年も経って撮られた部隊の記念写真を送ってくれたが、これまたまるで分からない。
歳月は留まることはない。様変わりは人相にも当てはまるようだ。30年も経つと一緒に過ごしたもの同士でも分からない事は多い筈だ。
やむを得んな。

金沢の加藤鏡兒主計中尉からも問い合わせは有り難かったが、私と河田曹長以外はもう憶えていないという。
どうやら憶えている私が異質に属するのかもしれない。

今度の事で思い出したことがある。私は満洲を出発する直前に材料廠長に任ぜられた。
前任の内藤中尉は更迭と同時に満期除隊した。彼はなかなか多芸な人で、日本舞踊の名取りでもあり、日本劇場ダンシングチームの技術指導までしたと聞く。カメラ好きで橘というプロの人に個人的に指導してもらったりされていた。
私もその御蔭でその後終戦を迎えるまで、満洲,支那で取りまくった。そして最後までフィルムや現像の為の薬品什器などを車に乗せて持ち歩いたので、暇を見ては兵隊の助けを借りて現像して、蓄え置き帰国の日を待った。

残念ながら軍命で最後の中国軍の検査の時全部強制提出させられ、日本に持ち帰ることは只の一品も出来なかった。
随分がっかりしたもんだ。その裏返しが私に「私の軍隊生活」を書かさせた動機になったとも言えるだろう。

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