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2008年7月29日 (火)

戦場の暑さ

7月29日(火)晴
夏の空とはこんなのを云うのだろう。青空にてんてんと白い雲、そしてかんかんと照る太陽。
海の彼方には入道雲と行きたいのだが、あいにく今日は霞んで海は見えない。

家内が食事を作りたくないと言うから,デパートに行って食って来よういうことになり天満屋に出かける。2時間ばかりうろうろして帰る。客が少なくて老人は助かった。
帰宅して見るとその暑いこと、もう少しデパートで過ごすのだったと苦情も後の祭り。

こんなに暑くなるととかく戦場(湘桂作戦)で敵と戦う以上に日々苦闘したことが思い出される。
もちろん後方部隊だから目前に敵の姿をみることは極めて稀だったが、居るかも知れんと言う予測は絶えずしているわけだから、現実にいなくても、こちらの行動態様は変わらない。
まして現実に空からの攻撃は日に3度以上あるのだから、油断など出来る筈もない。

汗まみれ,垢まみれ、は当然として、湯水に浸かることなど連日出来無いのだから、皮膚病にはまもなくやられた。一番困ったのは水虫だった。とうとう歩けなくなった。
軍医に痛い薬をもらったが、なかなか治りはしない。
靴は履けなくなり、自動車部隊だから出来るだけ地上に降りない様にするほかなかった。
それでも運転する兵隊の御蔭で前進出来たのだから有り難かった。

長沙に着いたらまもなく赤痢にやられ、生死の境を彷徨した。隊長と言う特権があったからこそ、当時最高の治療を受け(グアニジンという特効薬の投与を受けた-新薬だったっらしい)戦病死を免れた。軍医の弁ではすでに危篤状態だったという。
長沙に置いて行かれ、1ヶ月近く部隊に遅れ,敵のB24の大編隊の空爆にあったが、至近弾は受けたが直撃は受けなかった。運がよかったとしか言いようがない。

しかしこんな体験も前線を戦い行く歩兵部隊などに聞かれたら,あざけり笑われることだろう。
死の確率50%以上の部隊はざらにあった。

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