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2008年6月 9日 (月)

菖蒲の日

6月9日(月)曇時々晴
10時半岩国に出かける。見舞をいただいたお返しに。
岩国ICで下りて吉香公園に向う。菖蒲を見る為にである。
普通の日にしては客が多く、菖蒲の著名度が高まっている感じがする。手入れが行き届いているのでよく揃っていて美しい。
桜と違って規模も小さくこんなに人気を誘うものではないと思っていたのは私の間違いだった。
食事も此処で済ませて妹たちのうちにお邪魔する。
家内がすっかり元気になったので皆喜んでくれる、
午後3時帰路につく。国道は車が混んで時間がかかる。
1時間かかって帰宅,大いに疲れる。
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私の音楽愛好歴その3
音楽、音楽と言っても、最小限ラジオから始まって所謂チューナー、アンプ、スピーカーなどのコンポーネントがないと始まらない。
長女が嫁ぎ行く時、二つは要らないからと残して行った彼女のヤマハのコンポが整った形としては最初だろう。
録音機も重要な要素だが、先に書いた様に日本初一般向け発売の赤井のリール式レコーダーから始まって、時流にしつこく付きまとって行った。
スピーカーも最小費用で最大効果を狙って自作することが多かった。長い期間だからどれほど作っては壊ししたか数え切れない。

それともう一つ重要なファクターになることだが、そもそも私を取り巻く環境が私の音楽志向に対して理解し共鳴してくれたということがある。
父母兄弟にしても音楽にさして関心があったわけではないが、反対阻止の行動をとることはなかった。

ざっと辿ると以上の様なことになるのだが、そもそも私の履歴書なるものはそう簡単なものではない。
まず職業とは言えないかも知れないが、一番重要な軍隊を履歴から外す訳には行かない。
76歳で完全に仕事から引退するまでに、携わった仕事は小さいものまで入れれば10種類以上になる。友人の会社に出入りしたことをその都度数えるともっと多くなる。

軍隊までは自由意思を失った人間だった。従って音楽に投じた情熱などは隠されたスパイスみたいなもので、人生にほとんど何等の影響も無い。
戦後の社会は個人主義、自由主義の時代だから、他からの干渉は少なく、当然私の思い通り音楽の収集、利用、そして生活時間に組み込まれた。

経済的に利益を齎すものではないだけに、恐らく測り知れない量のロスを知らぬ間に齎したであろう。
生来利欲に鈍な性格だから、仕事の上でも私生活上でも別になんの意味をもつものではなかった。
当然何をやっても経済優先の事業において役立ち,事業を成功に導く動機になることは無かった。

こうして見て来ると、身体の垢みたいに、身過ぎ世過ぎの中で生まれたかすにすぎないが、私の家の各部屋を画然と占拠している音楽メディアの棚、引き出し、書庫などをみると、長い生存の証として強ちゴミ呼ばわりするには大き過ぎる存在だろう。
ただ私が生涯を終えた時、子や孫が処理に頭を痛めることがあれば、それは私の素志では無くまことに残念である。
私が幼児のとき山県さんなどから、本を漁り読んだことを思い浮かべゴミとしてただ廃棄するのでなく、得られるものを探し出して、適切な処理方法を考え出して欲しいものである。

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