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2008年6月25日 (水)

個人の電話帳

6月25日(水)曇
沖合いは霞んで何も見えない。気温22度。

朝から良い音楽だなと聞くともなく聞いている。先程までベートーベンの大公,今はブラームスのバイオリン・ソナタ第1番聞き流すには惜しいのだが、CDに保存するのはぼつぼつ止めねばと思っている。子や孫が後始末に困ることが目に見えて来たせいである。
今書いているこの日記も電子の無駄,紙の無駄かも知れない。いやだなあ!なにも出来なくなる。
死んだ後の事まで知るか、とふてくされることがやはり必要だな。

昨夕は土田君からはやばやと礼の電話がかかる。お釣りがいるほどの感謝の言葉だ。
横山君、山田君と次々電話がかかる。さざん会報告の届いた反響見たいなものだ。来年は元気で会いたい。

人間やはり死に時があるようだ。父のごとく私の社会への巣立ちを待つことなくあっという間に死んで、いつまでも私の心の中に幻の如く住み込んで、もうちょっといて欲しかったと思わす。母の如く若き日は猛獣の如く立派だったが死の前10年間はどうにもならなかった。お互いともに生存に疲れ果てていい思いは何がしも残っていない。
そこへ行くと、こんな老いぼれにまで来た私はどうしようもない家族のいや社会のお荷物にしかならない。
無駄な長生きだったなあ!神の摂理だから仕方がないが。一発あの弾を食らっていたらの瞬間は何度もあったのだが。
私の場合は神に見放されたというのが正しいようだ。

山口の本間君。青年のごとき風貌,軽快な挙動、その彼がこの3月さっと消え去った。あんなことがあるのかと今だに思う。位牌横に飾られた写真には死の影は何処にも見られない。いつも見慣れた元気な彼の姿だった。
心筋梗塞という死に方だったらしい。実際には死んだ場面は誰も見てないし,奥さんも惚けていて分からなかったらしく介護保健師が屍体を見つけたとのことで、孤独の死同様で詳細はわからない。
私も心筋梗塞が死ぬるのに都合がいいなと思っていたのだが、最近心臓がだんだんよくなっているらしいので困ったなあと思っている。

朝芳邦さんから電話で来月19日午前11時から父の13回忌の法事をするからと言って来る。もうそんなになったかなと、時の早さを今更に感ずる。永かった不自由な闘病生活をしみじみ想起する。元気だった義父の不幸な晩年が痛ましい。

家内が町内の亡くなったうちに電話しようと電話帳を捜すがどれにも載っていない。よく調べてみると個人名の電話帳は必要な人にしか配布しないと書いてある。仕方がないので電話局に電話して持て来てもらうことにする。2、3日かかるらしい。

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