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2008年3月15日 (土)

母の命日

3月15日(土)晴
快晴。
母の命日ということが昨日から分かっていたので,墓参りをする準備を起きると直ぐ始める。
家内も行くというから10時頃出発することにする。
母が22年前享年89歳でなくなった。私が今年数えの89歳である。私はもう満88歳を過ぎているから、実質少し長生きしていることになる。母は6月生まれだったから滿88歳には3月ほど足りなかった。
脳梗塞で倒れて8年経過し,既に最後の2年ばかりは殆ど意識無く、ただ生かされているだけの状態であった。
意識のまだはっきりしていた当時には、凄い執念で生きる為の努力を重ねていた。何年かのうちにそれも空しい努力だと分かって来た.いや本人にはその自覚は無かったと思う。それだけに側から見ている私達にはどれほど哀れであったか,残酷であったか、死後もずっと付きまとった後悔の念であった。

母の死を思い返しつつも、その若き日の激闘振りを顧みざるを得ない。
いつも母は並の人間ではないと感じていた。並の人間では到底到達出来ない、まして私などは真似すら難しいと諦めていた、
夜は9時10時まで畑にいる。朝は3時4時には起き出して宮参りをする,帰ると直ぐ仕事である。
食事は実に簡単で早かった。当然お祭りなど特別な日以外は肉魚類はほとんどなかった。
それでよく90歳近くまで生きたものである。
私などは何もしないで同じ年まで生きているのだが,生きるということは格別値打ちのあることではないことがよくわかる。

墓にぬかずきながら,不幸を詫びながらも,御蔭で同じ年まで生きられたが、もう後は要らないから、側に呼んで欲しいと御願いする。死後を信じていない私だから矛盾した話だが,信心深かった母の思いに縋って願ったまでである。

標高百米もない山の斜面に江戸の昔から開かれた墓地の中腹まで、もう杖なしには上れない。いま丁度心臓の薬を呑んでいるのでその効果を試すつもりで上って来たが、もうとてもいけない。これが最後だとつぶやく。

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