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2008年2月15日 (金)

隣近所

2月15日(金)曇
気温1度、雲多く日光及ばず。
昨日書いた捕虜収容所生活の前年即ち終戦の年1945年2月14日は丁度現在観光地として脚光を浴びている桂林の近郊周家村に入り,約5ヶ月間の駐留を開始した日であった。
作戦中一番長く駐留したのだから,当然記憶することも多かったと言いたいのだが、数的には全く僅かで、アルコール製造とこれを使って自動車を走らせることに没頭したこと以外に、ほとんど思い出すことがない。アルコール製造工場は原料の焼酎を集荷しやすい10kmばかり離れた 会稽村というところに作って、中井という桐生出身の兵技軍曹に指揮させていた。一度街全体が敵の包囲攻撃を受けたことがあったが、救援隊側に戦死者1名を出しただけで,工場警備隊が死守してくれて損害はなかった。
御蔭で生産したアルコール燃料を使用し、鉄路を利用して物資輸送を夜間徹夜で敢行して成果を挙げ,軍司令官の賞詞をうけることが出来た。極短期間ではあったが全員一丸となっての努力の実りが実現した想い出は未だに脳裏深く留まっている。

もうガソリンの補給は尽きなんとして、敵の反撃急となり,8月を待たずに工場閉鎖撤退の已むなきに至った。終戦時には省境近くの杞陽の近郊の山茶花畠の中だった。

今日は終日雲が多くいい天気とは言い難かった。
家内も浜田さんに家に招待されて夕方まで遊んで来たようだ。近所で一番仲のよいばあさんだ。私と同い年というのだが。家の中なら暖かいから風邪を引く心配は無い。
大藤の奥さんはどこかリハビリ施設に入られたとか、主人も一緒だというのだがよくわからない。最近は近所にも黙ってこっそり入院する人が多くなった。迷惑をかけたくないというのがその理由だが、過疎化が精神的な環境まで進むとは情けないことだ。

幸い今はそんな心配がない私達だが、何時そういうことにならないとも限らないだけに、よく考えておかなくてはいけない。ああいやあなことだ!

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