« 野球北京行き決定 | トップページ | 年賀状 »

2007年12月 4日 (火)

野球少年時代

12月4日(火)晴
昨夜の余韻が消えない気持ち。新聞を開いて一面から星野監督の胴上げが目を射て、やはり野球百年の伝統の凄さをしみじみ感ずる。
私にも野球少年の時代があった。発祥の国アメリカについで、スポーツといえば野球だった。相撲は国技ではあっても、体格の小さいものの多い日本人では誰でもやれるというわけにはいかなかった。野球は小人数で小さい草っパラで出来た。
悪ガキの遊びの知り初めとして,年上のものから習ってすぐ加わった。

小学校時代には流行し過ぎて、対外試合が禁止されるというほどになった。
後年名選手を輩出した呉の五番町小学校のごときは、揃いのユニホームで垢抜けした連係プレーなど、もう少年野球の域を抜け出していたのではなかろうか。汽車で2時間も掛けて遠征して来た。私の居たチームなどまるで歯が立たなかった。

底辺の広さではやはり野球だったろう。戦争で敵国のスポーツと軍部に抑圧されて一時下火になったが、戦後すぐ復活して今日の隆盛を取り戻した。今や世界と覇を競う所まで来た。感慨の深さは論を俟たない。

毎度の事ながら、年末になると年賀状をどうしようかと悩む。
家内はどうしても出さなくてはならないところがあるから、十通以上は出すという。
仕方がないから取りあえず百枚年賀はがきを、スーパーの入口の特設売り場で買って来る。
民営になった加減か,サービス品が盛り沢山なのに驚く。

何年か前もう年賀状は出しませんからと挨拶したことがあるのだが、相手から相も変わらず寄越して来るから,返事を出さなくてはいけないし、結局同じことになって企図は挫折した。生きている以上はこの程度の苦労は避ける訳に行かないと思い知った。

さあ、買って来たはいいが、死の崖っぷちに居る身で,空々しくおめでとうなんて言いにくい。
やっとこさ歳を超えるのだから、おめでたいんかも知れない、まあいいか。今年もよろしくは書かないことにしようと決める。としよりらしく簡単に行こう。

Yakyu

|

« 野球北京行き決定 | トップページ | 年賀状 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/17273177

この記事へのトラックバック一覧です: 野球少年時代:

« 野球北京行き決定 | トップページ | 年賀状 »