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2007年10月21日 (日)

市長選挙

10月21日(日)晴
今朝始めて10度を割って9度、やはり涼しさを通り越してちょっと身震いする。
家内が早速カーディガンを出して着せてくれる。
ぼつぼつストーブを出すかなとテーブル会話。まだ扇風機も半分は残っているのに。

昨夕やっと風呂に入る。右足を風呂の底に沈めた腰掛けに載せてだが、じゃぶじゃぶしてる間に湯が傷に侵入したらしい。
今朝は歩くと痛い。失敗ったかな。疼きはしないから、化膿はしてないのだろうが、医者が休みでどうしようもない。

セリーグは連勝で中日が勝った。1週間の休日が巨人には痛かった。チーム練習がおろそかになったとしか思えない。
チャンスを悉くつぶしてしまった。一度も勝てないでは、リーグ優勝も色あせる。げに面白くない馬鹿げたルールだ。
木村拓哉は良い選手だ,原監督ももう少し上手に使って欲しい。

話変わって、「天皇の世紀」であるが、序文の明治天皇の誕生だが、先に2人の皇子、皇女を病死させ、後の3人の皇女も皆はやく夭折するなかで、僅かに母が典侍(宮中の女官)だったばかりに、皇居を離れて小さな実家で、母、祖母の慈しみの中でのみ育った大帝だった。
母中山慶子の父中山権大納言忠能は家格は一応大臣家だが、家禄は二百石と低く、屋敷面積も少なく(五百坪程度)、御産所を建てるのも場所が無くて困ったとある。結局邸内の西の隅に十畳と六畳の二室に浴室と厠付きのごく質素な御産所を造った。費用総額百両とある。これも伝奏を経て幕府の許可を貰い15年賦で借用したとある。
祖母中山綱子が添い寝の際に詠んだ和歌は、庶民のそれと変わらず,痛ましく心を打つ。
 君をつつむ心のふすま重ねても むねのいた間に風のもりくる
 日の御子はここにいませり天津空 さむきよあらしこころして吹け

二の巻の「外の風」から本文は始まるのだが、文中最初に出て来るのが、私の最も敬愛する吉田松陰その人である。
やはりこの人を措いては,明治維新は語れないと作者大佛次郎も考えたのであろう。

午後2時過ぎ、市長、市議の選挙に出かける。
ついでにスーパーに廻って食料を買う。
昼中は天気が良くて若い人たちは行楽に忙しかっただろう。

アメリカン・リーグはレッドソックスが連勝して,5分に引き戻した。
明日はいよいよ松阪の出番である。好投して優勝して欲しい。

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