« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月 1日 (月)

民営郵便局

10月1日(月)曇
降りそうで降らない天気が何日かつづく。
今朝19度。

郵便局が今日から民営となり、4つの会社で出発。差し当たり私には何等の影響もない。
先般定期貯金の書き換えを終わったので、先程報賞のクレジットカードを何万円か送って来た。定期の利息も上がったし悪くはない。
うまくやって行けるのかなと思ったりするが、こちとらがいくら心配したかて仕方のないことだ。
小泉さんの執念が実ったことだが、思惑と違って民間の金融機関は強敵あらわると心配しているのでは。

イチローが238安打、3割5分1厘で今シーズを終わった。打率こそ第2位だったが、7年連続200安打を超えた。凄さが違う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 2日 (火)

福田首相の決断

10月2日(火)晴
うす雲は残っているがいい天気になる気配。金色の強い日射しが雲間から洩れる。
家内は昨日は痛み止めが効いて楽だったようだが、今朝は指先からあちこちに絆創膏が痛々しい。
何ヶ月になるかなかなか治らない。困った!

小沢民主党総裁は明快に自衛隊派遣は憲法違反だと言い切っている。憲法改正が先だと云う訳。
今に始まったことでもないのに福田首相は新特法で対処するという。協議も相談もないではないか。
ぐずぐずするなと言いたい。強行するか、断念するしかない。決断が欲しい。
小泉流に石油補給だけで民意を問う総選挙もありうるがどうだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 3日 (水)

友人のソ連抑留

10月3日(水)晴
朝思いがけず三隅の土田君から電話、シベリア抑留のいきさつなど聞く。彼の部隊は正式の抑留部隊としてロシア本国まで連れて行かれ、ドイツなどの捕虜と一緒の暮らしで比較的楽だったそうだ。
鳳陽誌上でみた後輩のエッセイに出て来た彼等の戦後の逸話を知ったので、その感想をこめて用件を書き送ったその返事である。
ひどいめにあったのはシベリア抑留のものたちだったようだ。

其の話の挙げ句、さざん会は来年2人でも3人でもよいではないか、一緒にやろうやという。
私に下関の浜井君や本間君を見舞に行き、先般決めたようにやるからと話をつけてこいという。
来年も続けてやろうと言い出したのは彼だけに引き下がる意志はないようだ。
私が書記役で下働きさせられるわけだが、仕方がないな。元県会議長殿は人使いが荒いようだ。

死を間近にひかえて、思いがけないことが色々起きるもんだ。簡単には死なせんぞと神の声かも知れない。

スーパーを2軒廻る。家内の目的の買い物がなかったらしい。

国会の質問が始まる。野党の質問は微に入り細に亘る。福田首相は纏めてばっさり。いつもながら分かった様でわからない。テレビを見る暇はないからラジオで聞くのだが、ヤジがやかましすぎる。
話題が多くて面白そうではあるが。
何時解散に追い込めるか。それを楽しみに聞く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 4日 (木)

老骨に鞭打つ

10月4日(木)晴
もやのかかった空、太陽の光もやわらか。
横山君と電話でさざん会の事色々話す。土田君がどうでもやりたい意向なので,了承を求める。来週水曜日に彼といつもの所で逢ってもう一度話すことになる。

議会の演説、答弁を聞いていると、どうもよくわからない。日本語の難しさをつくづく感ずる。
言葉の意味の深さ広さが極めてあいまいで、人により受け取り方が皆違うのではと思う程である。
途中で聞くのを止める。
老人の考え方は固定観念でいっぱいで入り込む余地がないともいえる。情けない。

午後植木の徒長を整枝する。小さな労働でも、汗ぐっしょりになる。
夕方ぽつぽつと雨の小粒が落ちて来る。汗ばんだ顔を叩き気持ちよい。だが雨雲らしいものは見えないから本格的にはなりそうもない。

千代からまた電話、バイトにはすっかり馴れたよし。朝子は勉強が忙しく、バレー部は止めたとのこと。
進学校だから競争が激しいのだろう、仕方がないな。

来年もさざん会の世話をすることになりそうだ。土田君の云う通り浜井、本間両君と連絡を取るとなると、こちらから出掛けることになるかも知れない。一応パソコンで彼らの住所を調べておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 5日 (金)

老人ぼけ

10月5日(金)晴
昨日の朝と同じような夜明けで日射しもやわらか。気温20.5度。
物忘れがひどくなり、危険信号。
家内が体温計が何処にもないというから家捜しする。今朝やっと外箱だけ私の机の中から見つかるが中身がない。
ビューローの引き出しにいつも入れると家内がいうから、引き出し全部を抜き出してしらべる。ちゃんとプラスティックケースに入った体温計が下の方から出て来る。
昨日も横山君がやはり人の名前が出てこない,字がかけないとこぼしていたが、私も同じだ。大分ぼけが進んだ感じ。
昨日も初の字が思い出せない。パソコンで書いてみて、あら!示す偏に刀と出る。何だか違った字に見える。
もう駄目かなとしょげる。
年の若い家内までぼけてくれると我が家は闇だ。

三菱病院に家内を連れて行く。効果は未だ出ないままだ。
重病人を見慣れた先生から見たら軽い病人らしく大して気に入るアドバイスもなさそう。
時間ばかり無駄にかかって,また途中食事をして帰宅することになる。

75歳以上の老人は複数の病気にかかる者が多く、特別の対策が必要だからとて、特別法を作らねば等と,政府が云っているようだ。金は払わずに税金を浪費する老人はまさに国を潰す存在だといわんばかり。事実は其の通りだが、これでも若いときは1銭5厘で呼び出されて、一身を抛ってお国の為に5年間も働いたこともあるのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

ベートーベンの音楽

10月6日(土)快晴
雲一つ見えない青空。朝の気温は17度。昼中はどれほどあがるのか。家内は風邪気味という。

私の部屋が南面しているので、日射しが2米ばかり室内に入り込む。今までは暑くてやり切れなく,カーテンを引いて暗くなるのを構わず暮らしていたが、今日のような秋最中の気温の中では凄くぽかぽかと気持ちがよい。
三連休と云った所で、若者の群れ歩く所に出しゃばる年齢ではないので、今日の様な日向ボッコ出来るのが一番だ。
この世の極楽と云った所か。

足の怪我で血の付いた布団カバーを水洗いして、家内に洗濯してもらう。夕方には乾いて戻って来る。
天気が良いので助かる。

ベートーベンという人は不思議な人で,自作のバイオリン協奏曲をピアノ協奏曲に改編したり、交響曲をピアノ六重奏曲に改編したりしている。これらがまことに絶妙で、すごく面白い。元の曲に較べて遜色はまるでない。
ベートーベンは有名なピアニストだったらしいが、バイオリンやその他のものもろの楽器も堪能だったとは聞いていない。それが不思議なことに沢山の楽器を自家薬籠中の物の如く操って、シンフォニーなどというものを造る。
もちろん作曲家というものはそれが職業だといえばそれまでだが、素人の私には変わった楽器でも実にうまく使い分けたりする其の技術に感嘆する。
老いぼれても聞く耳は存在する。有り難い毎日ではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 7日 (日)

怪我

10月7日(日)曇
高曇りの空。海は煙って見えない。

関口知宏の中国列車の旅を見ながらダビングする。何度見ても面白く懐かしい。昔とどんどん変わっている。
戦争で渡り歩いたところ、近年6度の旅行のうちの曾游の地も度々出て来る。そのうち東北(満洲)も出て来ることになっていて、楽しみは深い。
午前中いっぱいつぶれる。

家内の調子が今ひとつなので,一人でパンや牛乳などを買いに行く。
最近は私の方が元気で仕事が増えた感じ。
もうなるようにしかならないと諦めているのだが。

最近肉体的な動作と心的動作のバランスが悪いため、あちこち小さな怪我の絶え間がない。
いつかどかんと大怪我をするかもといささか心配。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

さざん会は終わらない

10月8日(月)曇後晴
午前9時夜来の雨上がる。
.Macの登録期限が9月30日で切れていた。知らずにバックアップをiDiskにしていたのがパー。
改めて外付けのHDの一つにやり直す。いつも自動的に継続してくれるので安心していたのだが、規約が変わったのかも知れない。メールが入っていたのを見落としてまま削除したのかも知れない。なにしろ読まないメールが多すぎて、うんざりしているのでこんなことになる。

今日久しぶり癌と戦っている、同窓の水戸君にメールを送る。

  _______________________
その後病気の具合はいかがですか。
土田さんの話では大分よくなって、来年のさざん会には出られるだろうからとの電話があって一緒に喜んだところです。
土田君が来年のさざん会を取り仕切る決意を固めたようなので、私に協力しろとのことだった。
山口の本間、浜井両君が病気や奥さんの病気などのため、世話ができないと断って来ましたので、急遽土田さんに手紙を書いた所、2人でも3人でもいいから山口でやろうやとのことで、一応承諾して近いうちに本間、浜井両君に了解を求めるつもりでいます。

今年のさざん会の席上、浜井さんの新山口駅付近でやりたいという発言に,土田さんが協力を約束して決定した経過があり、その発言の責任上土田さんが来年も音頭をとってやる決意をして呉れたのだと思っています。
あなたも早く病気を治して、出て来てください。期待しているのですから。

しばらくメールが途切れていましたので驚かれたかもしれませんが、あなたもゆっくり静養をつづけているのでしょうから、用事がなくてもメールをください。

小生も乾癬で全身が痒くて困っていますが、自分の免疫抗体が皮膚を蝕んでることなので、どうしようもありません。
くすりで何とかひどくなるのを押さえていますが、涼しくなったせいか最近幾分楽です。
もうパソコンだけが私の楽しみの全部です。

書けたら返事をください。
生ある限り頑張りましょう。
  ___________________________

鬼が笑おうがどうしようが、行く先短いからこそ急いだ話になる。バタッと逝ったらおしまいになることはよく分かっているが,その時はその時の事だ。
とにかく34回目を繋いでくれるものが現れたことは慶賀にたえない。
土田君が電話して来たのは2、3日前と思っていたが,もう5日経っている。急いでいる様でも老人だから矢張り動作は鈍い。                         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 9日 (火)

リウマチとは

10月9日(火)曇
灰色の空に転々と雨雲が見える。
気温は23度と早朝にしては高い。中国大陸に上陸して消えたという台風15号の残骸の影響らしい。熱帯低気圧が自転に乗ってこちらに向っているというのだから。
予報は大雨になるかも知れないといっている。

家内は午前中内藤内科に出かける。三菱病院の先生がリウマチは本来内科の分野だといったとかで、その気になっている。せいこう外科ではリウマチはなかなか見立てが難しく正確な診断は難しいからと半ば敬遠されている様なので,尚更である。肝心な病状は一進一退でいつまでもすっきりしない。だから余計に迷ってしまっている。
薬を沢山飲んで,絆創膏をべたべた貼って、時には指の先に何カ所も巻き付けている。痛ましくて見ていられない。
それでもちゃんと食事の支度はしてくれる。文句の言える状況にはない。

午後になって雨になる。暫くして止んだり,また降ったりはっきりしない。

天候もさっぱりしないし、家の中でもっぱら音楽を聴いて過ごす。今日も極楽。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月10日 (水)

古き友と語る

10月10日(水)曇
中国では双十節の日である。
日本では折角体育の日と立派な祭日になっていたのに、いつの間にか改悪された。
誰が決めたかしらんが、凡そ歴史観のないことおびただしい。こうして無味乾燥な日本に転落して行くのだろう。

朝鮮の南北会談が成功裡に終わったと言われる。金正日のほくほく顔が目に焼き付けられた。
映画やドラマのDVDは貰うし、経済援助は約束されるし、いうことなし。
拉致者は他にはいないという、皆殺してしまったのか。

千代からの電話で、家内に具合がそんなに悪いのかと,ブログを読んだのでという。
圭さんが見に行けというから、近くうちに来るというらしい。家内は来んでもいいからと釈明したらしい。悪いのは私か。

横山君と予定通りいつものなにわ亭であって食事をする。暫く見ぬ間に随分やせた感じ。杖をたよりに歩く姿も痛々しい。自分のことは分からぬが人の姿はよく見える。もう90になったかなと聞くと、いや91に近いよという。
そんなに違っていたかなと身じかにかんじてだけにちょっと驚く。
元気な様でももう歳はあがらいようもない。こちらも同じなのだ。
簡単な料理なのに半分残している。やはり心配だ。
さざん会の次回開催について、協力を頼んだが少し酷だったようだ。
話だけ了解してくれるだけでよい、実行はこちらに任せてもらえば良いと繰り返して別れる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月11日 (木)

藤沢周平の小説

10月11日(木)晴
クライマックス・シリーズ、なんのことかと驚く。新語ばやりの昨今老人はまごつくばかり。

昨日は午後2時頃から今朝の5時過ぎまで,昨日買って来た藤沢周平の文庫本「風の果て」上下を正味十時間ぐらいで読了。面白かった。5人の仲間のそれぞれの運命を巧みに書き分けている。そのうち2人は同じ仲間の手にかかって命を落とす。小説の小説たる所以か。女性はつまみでちょろちょろと出て来るだけ、江戸期の侍の男っぽい生き様、葛藤が不思議な魅力。

午前中昼寝。
昼はうどんを食べに近所の天霧に行く。その後スーパーに廻り,セルフサービスのガソリンスタンドにてガソリンを補給して帰宅。単価¥138.普通の店より¥5ぐらい安いかな。

何か悪いものでも食ったか、身体が痒くなる。いろいろと忙しい。

絨毯を敷きかえるというので、一応天日にほし夕方巻き込むのがおおごと、老夫婦の力ではなかなかうまく行かない。
情けなさに涙がこぼれる。
敷き替えはもう誰かに任すことにする。

大体身体が重くて、自分の力ではどうしようもない感じ。後一年もしたらどうなるのだろう。
今更体操器具を買って来ても,身体が痛くなるばかりで増強はとても無理だし。暗澹たる思い。

神尾真由子という凄いバイオリニストが現れた。何より物怖じしない,男勝りの強い音色、新人でこんなの最近いないのでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月12日 (金)

栗飯

10月12日(金)晴れたり曇ったり
快晴の夜明け。明るい日光が部屋いっぱいに射し込みいやでも目覚めさせる。気温17度。
寝床の中で、どこかへ出かけたいなと思ったりする。
しかし8時過ぎには北の空から雲がああっという間に張り出して来て、9時には一面曇り空に変わる。秋の空は女心というが。

FMのショパンのピアノ協奏曲第1番の六重奏曲版を録音したけど、コンピューターが嫌って失敗に終わる。良い演奏だったのに残念だ。

日本は昔から外交が下手だと言われる。言葉の感覚にある曖昧さが原因と思われる。国民性かも知れない。

拉致問題は解決済みだと北朝鮮から言われ続けて久しい。
後から後から、提示し続ける日本にも問題がありそうだ。

終日晴れたり曇ったりと天気も慌ただしい。午後4時を過ぎてやっと青空になる。雲は南の空に片付く。

次女が今晩夜行バスで帰って来るという。まだ若いから元気だが、バスで寝てる間に運んでもらえるというのは着眼がいい。親の方も見捨てられていないという確認が取れて有難い。

近所で栗を貰ったので,栗飯を作るという家内の皮むきの手伝いをする。2人でやればやはり早い。
夜は早速栗飯。珍しく、おいしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月13日 (土)

野球千秋楽

10月13日(土)曇
千代が夜行バスで来るというので,6時半には起きて電話を待つ。
気温は17度だが、まあまあの涼しさ。

そのうち電話でバスセンターで下車して,広電に乗り換えて最寄りの駅から歩いて帰る旨連絡が入る。
8時過ぎ帰宅,元気な姿を見せる。
皆元気で暮らしているらしい。一先ず安心。

日米の野球の最後の決戦が終日テレビで繰り広げられる。どちらも力が入るのだが、やはり本場だけあってアメリカのそれは一味以上違う。ホームランバッターの怖さは投げる投手以上に見るこちらがしびれる。

オリンピック出場選手を決めたけど、アメリカなどが本気になればさほど簡単ではなさそうだ。その上韓国も台湾もあわよくばと狙っているだけに、星野さんも先ずアジア予選から頭の痛いことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

氏神様秋の例祭

10月14日(日)曇
気温15度。高曇りの空から弱い日射しで少し寒い。気温の急激な変化は老人にはこたえる。
東京の娘もこの家は寒いという。マンション暮らしはわりとさむくないので。

昨日は何があたったのか,湿疹が全身のあちこちに発生して赤く腫れ痒い。我慢するのが辛い。

今日は地元の氏神様の秋の例祭だが、お参りにも行かない。

家内は新聞社主宰のリウマチの関する講演会に午後から出かける。
終わってから娘等と食事でもして別れるのだろう。
千代は2時過ぎ歩いて電車駅に向う。気遣いはようこそだが、本物の別れもちかいことだし、もう感慨も乏しい。
今晩のバス夜行便で帰京予定。

レッドソックスはインディアンスと激闘を演じ、延長戦まで持ち込んだが、11回に大量7失点し敗れて対に持ち込まれてしまった。明日は松阪の出番だが,インディアンスの打線も好調なようだ。勝敗は何とも云えない。松阪の頑張りと幸運を期待したい。
日本のロッテとファイターズも1勝1敗となり、勝負を明日に持ち越した。
終日衛星テレビで観戦を続けすっかり草臥れる。Img_0828

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月15日 (月)

藤沢嵐子の声

10月15日(月)曇
千代がPHSにしたので、早速今朝到着したかどうか電話する。丁度到着した所でよかった。
こちらは2000年から使っているので、やっと無料で通話出来る相手が見つかった感じ。毎月¥2000.が無駄だったが、これで元がとれて、家内が喜んでくれそうである。

家内はお茶の例会にいそいそと出かける、手が不自由なのは皆に了解済みだそうだ。手厚く相手してくれるとか。
止めたいといっても簡単には止めさせてもらえない空気だそうだ。

雲間から洩れる日光が丁度良い温度になって部屋に射し込む。
むかしから好きだった藤沢嵐子のCDを捜してもらって手に入れたので、声をいっぱい上げて聞く。澄んだ声が美しく懐かしい。昔私の居た会社で、企画担当だった私が彼女を呼んで地元の劇場で演奏会を開いたことがあった。
当時タンゴブーム絶頂の頃だった。
彼女は現在も尚健在であると聞いているのだが。

五十嵐喜芳もその頃二期会公演か何かで、聞く機会があってすっかり美声に惚れ込んだ覚えがある。
子供の頃から藤原義江や児玉好雄など美声歌手が好きだったし、自分もクラス一番の美声と自惚れていた少年時代があるだけに、美声でなければ歌手ではないと思っていたふしがある。

2、3日身体の湿疹がひどく、寝ても覚めても痒くてたまらない。変わったものは食っては居ないのだがどうしてか分からない。昼寝している間に痒い所に無意識に触ったのかも知れない。明後日はまた病院に行く日だからそれまで我慢しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月16日 (火)

マツノ書店

10月16日(火)曇
太陽が覗いて入るが,雲が空いっぱいに広がっている。
体調必ずしもよからず。
昨夜は湿疹が痒くて、熟睡出来ずしばしば起き出して、「風の果て」をくり返し拾い読む。モウ何度目か。
今朝方室温が20度になり、夏掛けだけでは寒いので、電気毛布を出して弱電にしてスイッチを入れる。
もうこんな時期になったかといぶかる。

今日の新聞で徳山のマツノ書店が菊池寛賞に選ばれたとある。書店が選ばれたと聞いて改めて菊池寛賞の受賞範囲を知ったのだが、文化活動に貢献したということが受賞対象になるとのこと。
マツノ書店は徳山に通っていた頃,休憩時間にいつも覗いていたし,買った書物も多い。
小さい店だが得意な幕末、明治あたりの分野の書籍を並べ、古本の類いも多かった。理念を持っての経営形態が、一歩店内に入ればすぐ分かった。特に古書を復刻するという永年にわたる事業は立派である。私も「山口県文化史年表」の復刻版を持っているが未だにちょくちょく参考にさしてもらっている。

もう何十年も徳山に行っていないが、懐かしい忘れられない書店である。
心からおめでとうと言いたい。

永年”送られて来ていたMainichi Letter"が最近来なくなった。押し売りみたいで読んだり読まなかったりしていたのだが、全然来ないとなるとやはり淋しい。そこで最近”産経netview"を毎朝5時に届けるという月額¥315.の日刊紙を読めとプロバイダーから宣伝が入った。早速取ることにした。
地方紙と違って全国紙はまた違った趣がある。いちいちクリックして読むのに時には疲れるが、結構論調が変わって面白い。地方紙がかなり左寄りなのに,産経はご存知の通り最右翼である。対比出来ていい勉強になる。

昼飯を壱番館で食ってから、スーパーなどで買い物をしてかえる。また藤沢周平の本を買う。
帰宅するとすぐ寝転んで熱読する。闇のクグツ師というのだが、風の果てより面白くないなと取っ付きの感想。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月17日 (水)

怪我

10月17日(水)曇
災難は何時やって来るかわからない。
乾癬の治療で、いつもの広島総合病院に朝早くから準備して出かける。
先生の出勤が少し遅れたらしく、10分以上待たされる。
それでけちをつけられたわけでもなかろうが、帰路病院の前の横断歩道でつんのめって前のめりに転び、右手や右足をしたたか打つ。起き上がって、前の駐車場に止めてあるマイカーまで急いだが、指の先から血が噴き出して痛い。
車にチッシを置いてたので大急ぎで血止めをしながら、何はともあれ帰宅にかかる。
ついでに治療するということには気が及ばない。大分あわてたらしい。

帰宅して家内を相手に応急治療をする。指先と右肘と右膝がすりむけて、出血多量で下着や服はかなり汚れている。
ともかくも我慢して昼過ぎまで休む。

午後応急のままではいけないからと、治療用品を買いに薬局に行こうかと云うと家内が医者に行けという。その方が安くつくし安全だと。なるほどその方面は家内の知恵が勝る。

行きつけの近所の外科に行き、治療を受ける。4、5日毎日来る様にという。治療費用は¥470.家内のおっしゃる通りだ。
わりと用心深い方だからあまり転んだりはしないのだが、ちょいちょいの弾みの怪我は少なくない。
歳のせいだから仕方がないと思っているのだが,今日は足の運びが悪かったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月18日 (木)

又もドーハ

10月18日(木)晴
朝から快晴の秋日和。
手足の怪我で顔を洗うにも苦労,入浴はしばらく止められたし、嫌なことになってしまった。
膝は化膿するよと先生にいわれたが、少しうずくようだ。永くかかると叶わんな。

右腕は打撲で顔まで上がらない。左手一本で用を足す。飯は何とか食うことは出来るのだが。
骨には異常はないと先生の診断で薬も何も出なかった。2,3日もあれば治るのだろう。
昨日あすは昼までよと看護婦に念を押されたから、また直ぐ出かけねばならない。
私も歳をとったが先生も結構歳を取って無愛想も甚だしい。家庭薬を塗りたくっていたから、取るのを面倒くさがってひどくやかましく云われた。やれやれ、新しい親切な先生はいないものか。

昼前に医者に出かけて治療を受ける。今日は機嫌の良い先生で邪険な扱いは受けずに済む。値段も¥120.安いなあ。
30分ぐらい待たされたが格別用事がない身、丹念に古新聞を読みながら待った。
帰ると食事の後は寝たり起きたりしながら、本を読み音楽を聞く。時間も薬の一つである。

昨夜はカタールとのサッカーの一戦、惜しかったなあ!良い試合をしていただけに、負けるなど思いもしなかったが、
終了2分前思いがけないハンドでフリーキックを与えてしまった。オリンピック出場は難しくなった。
よくよくドーハは日本についていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月19日 (金)

日本ハム強し

10月19日(金)曇
昨夜DVDアルバム#19を造った。1枚に17時間2分入りだ。
終わって後試聴する。夜半に途中スイッチオフしたが、やはり聞くだけある、十分堪能。
音量調整するだけで一切手がかからないことは、無精者にはもってこいである。
マーラーやブルックナーの1時間以上かかる大作ばかりを入れてあるので、寝ながら聞く他は無いものではあるのだが。時にはぐっすり眠ったりして、良い睡眠剤にもなる。

医者に行き指は治ったと云われ,膝も出血が止まったとのこと。化膿しないでよかった。そのうち良くなるだろう。
膝が治らないと風呂に入れないのが困る。

昨日パリーグの優勝が決まった。日本ハムが2年連続である。小笠原が抜けても関係なかった。それにしてもダルビッシュは凄い。どこか素質が違うのだろう。

カープは来年は外国人を頼りにする補強方針と聞く。監督がそうだからそれもいいだろう。
アメリカが日本人に目をつけているのだから、お互い様だ。黒田も来年はメジャー行きとなるだろう。

インド洋の石油補給中止はもう避けられないことになったが、いっそ止めきりにして様子を見たらどうだろう。
福田さんからメルマガをいただいたが、テロと石油補給の説明の肝心な所が抜けていて理解が出来ない。
日本が居なくたって、日本人が思う程世界は今大して必要としていないのでは。
必要なら国連から特使でも寄越すだろう。
国民の半数が反対しているのだから、どうしようもおませんしな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月20日 (土)

大佛次郎と藤澤周平

10月20日(土)曇
今朝は思わぬ朝起き遅刻となった。家内が8時前に具合でも悪くなったのではと心配して起こしに上がって来た。
昨夜毛布を添えて電気毛布のスイッチオンをして眠ったのが心地よかったせいらしい。
毎日乾癬の薬を塗って寝ることになっているので、一応丸裸になる。これが此の数日寒い。特に風呂に入れない昨晩は身体が冷えきり、ベッドを温めておかないとどうにも寒くて震えが止まらないことになる。
そうして準備がよかったせいに違いない。

別に何処かに出かける訳ではないので構わないのだが,家内がお茶の集いに出る準備があって定刻を守る都合があったようだ。

予報通り9時を過ぎた頃から青空になる。朝の気温はここのところ13、4度が続いている。暑からず寒からず絶好のシーズンだ。
ところが11時になると北から雨雲が張り出して来て急に暗くなる。やはり秋の空だ。
午前中に医者に行き腕の治療は終わる。足だけ来週へ持ち越し。

ふと思い出して、昭和52年に朝日新聞社が発刊した,文庫本の「天皇の世紀」(大佛次郎著)を古い書庫から引き出して来て読み始める。
何度読んだか覚えがないが、17冊もあるのだから、いつも飛ばし読みで、大筋を追うのに一生懸命で作者の意図に沿うものではなかった。今回は時間が余っているし、一字一字朗読しながら読もうと決意して取りかかった。

朗読というのが、深夜便で松平定知アナが藤沢周平の「蝉しぐれ」に始まって,今も「清左衛門残日録」を朗読しつづけているのだが、これが実にいい。これに啓発されて先般買って来た一連の藤沢周平の文庫本を自分で朗読を始めた。
最初は口が渇いてとても永くは続かなかったが,馴れて来ると調子が凄く良い。しかも趣意の理解もよい。
これだなと感得したわけだ。

同じ藤澤本では能がないので、最近また読みたくなった「天皇の世紀」にしたわけだ。
大佛次郎も文章は一流である。しかもこの著書の作者が生涯を賭けて遂に未完のまま終わった,歴史書以上の労作である。読めば読む程味のある本と云える。
だから死ぬ前にもう一度と云う気になった。しかも今度は朗読というわけ。

明治天皇の誕生の経緯から始まるのだが、並の作家の描き方ではない。
どこにそんな資料が埋まっていたのだろうかという程の検索振りである。
知らない言葉も多い。懐かしく思い出せる習慣も少なくない。
まあ楽しく読み進んで行くことにしたい。寿命が及ぶかどうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

市長選挙

10月21日(日)晴
今朝始めて10度を割って9度、やはり涼しさを通り越してちょっと身震いする。
家内が早速カーディガンを出して着せてくれる。
ぼつぼつストーブを出すかなとテーブル会話。まだ扇風機も半分は残っているのに。

昨夕やっと風呂に入る。右足を風呂の底に沈めた腰掛けに載せてだが、じゃぶじゃぶしてる間に湯が傷に侵入したらしい。
今朝は歩くと痛い。失敗ったかな。疼きはしないから、化膿はしてないのだろうが、医者が休みでどうしようもない。

セリーグは連勝で中日が勝った。1週間の休日が巨人には痛かった。チーム練習がおろそかになったとしか思えない。
チャンスを悉くつぶしてしまった。一度も勝てないでは、リーグ優勝も色あせる。げに面白くない馬鹿げたルールだ。
木村拓哉は良い選手だ,原監督ももう少し上手に使って欲しい。

話変わって、「天皇の世紀」であるが、序文の明治天皇の誕生だが、先に2人の皇子、皇女を病死させ、後の3人の皇女も皆はやく夭折するなかで、僅かに母が典侍(宮中の女官)だったばかりに、皇居を離れて小さな実家で、母、祖母の慈しみの中でのみ育った大帝だった。
母中山慶子の父中山権大納言忠能は家格は一応大臣家だが、家禄は二百石と低く、屋敷面積も少なく(五百坪程度)、御産所を建てるのも場所が無くて困ったとある。結局邸内の西の隅に十畳と六畳の二室に浴室と厠付きのごく質素な御産所を造った。費用総額百両とある。これも伝奏を経て幕府の許可を貰い15年賦で借用したとある。
祖母中山綱子が添い寝の際に詠んだ和歌は、庶民のそれと変わらず,痛ましく心を打つ。
 君をつつむ心のふすま重ねても むねのいた間に風のもりくる
 日の御子はここにいませり天津空 さむきよあらしこころして吹け

二の巻の「外の風」から本文は始まるのだが、文中最初に出て来るのが、私の最も敬愛する吉田松陰その人である。
やはりこの人を措いては,明治維新は語れないと作者大佛次郎も考えたのであろう。

午後2時過ぎ、市長、市議の選挙に出かける。
ついでにスーパーに廻って食料を買う。
昼中は天気が良くて若い人たちは行楽に忙しかっただろう。

アメリカン・リーグはレッドソックスが連勝して,5分に引き戻した。
明日はいよいよ松阪の出番である。好投して優勝して欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

松坂、岡島頑張る

10月22日(月)晴
朝の気温10度少々。このぐらいなら気持ちがよい。
快晴の空から燦々と太陽が輝き下りる。部屋の奥深くまで射し込んであっという間に暑くなる。
朝の音楽ブラームス、シューマンが気持ちよく鳴り続ける。

アメリカンリーグの決勝第7戦、予定通りレッドソックスは松坂の先発、出来は悪くない。先方のインディアンスの投手の方が再三チャンスを作られるのだが、ここという所をダブルプレイで凌ぐ。日本の野球の様にバントとか細かいプレイを使わないのだから、馬鹿の一つ覚えの様に打ってはゲッツウを食らう。毎回の様にやられてシリーズ新記録とか。それでも3回まで毎回1点づつ取って3-0とする。しかし4回からはインディアンスの長打が連発され始め、松坂苦心の投球がありありと察せられる。落ちる球がどうやら決まらないらしく三振も取れない。ひやひやの攻防で何とか5回まで3-2で切り抜ける。
6回からは岡島の出番である。6回7回と好調に0で押さえる。7回の裏には、思いがけない2ランホーマーが出て、5-2とリードを広げ、やっと楽になる。ところが岡島が8回の表セイフティバンドの奇襲から連打され、急に危なくなる。
ここで予定通り抑えの速球投手バベルボンが登場して、続く3者を150キロを超える速球で何事も無い様に切って取る。
気落ちした相手を9回打ち込んで最後は大差の11-2で押さえ込み圧勝、3年振りリーグ優勝を決める。
ともかく日本人二選手に8回までゲームを託し、遠くから声援する我々日本人に報いるごとき采配を振るった監督の気持ちが痛い程伝わって、躍り喜ぶ選手と一緒になって感涙に咽んだ。
こちらは朝,アメリカは夜、放送技術の進歩が此の喜びを生で感ずる時代にしてくれた。今更だが、うれしいような、こわいような。

家内は公民館祭で一日中つきっきり。夕方疲れて帰宅。老人主体の集まりだろうから、しゃべりくたびれたといっている。興奮したので眠れないだろうとも。でも血圧は計って見たがそれほど上がってはいないとか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月23日 (火)

アヘン戦争

10月23日(火)曇後晴
気温が14度まで戻ったので,随分暖かい朝だ。昼までには青空のいい天気になる。

午後郵便局へ行きラジオ深夜便代金を振り込む。今はATMだから簡単だ。
家内もいつも行く内科に出かける。いくらか軽くなったらしいが、元々根絶するような簡単な病気でないだけに,思案に暮れてる感じ。

天皇の世紀を読みふける。1840年のアヘン戦争の顛末を詳しく書き述べている。
如何にもあくどいやり方で,支那を侵略し、てめえらが売り込んで巨利を貪ったアヘンを取り締まられ焼却されたと云って、賠償を求めた上戦争に持ち込み、とうとう香港を占領してしまった。

後年高杉晋作が上海に渡航し、実状をつぶさに聞いて、日本の今後を憂いた話は有名である。もちろんこのことが尊王攘夷に火をつけることになった。

そして維新後遂に欧米の侵略に先頭に立って立ち向うことになった。
明治時代日露戦争までは、日本はアジアの優等生だった。だが昭和の恐慌を境に、食う物が無くては身が持たぬと、欧米列強の真似をしてしまった。
指導者にやはり人を得なかったか、国民の意識が自己満足を求め、おごり高ぶる方向に偏って行ったのだろう。
私自身も最後の道程に生を受けた。そして国のためといって精魂を傾けた。

そして大戦後の今日も、宗教、人種の違いから来る紛争が相変わらず続いている。強大なものが弱小のものをその利害にこじつけて。

人類の歴史の彩をこうして、書留め読み込んでみると、いつまでたっても色彩は変わっても内実は変わりなく繰り返されていることが解る。

夜よく晴れて13夜の月が素晴らしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

華南の虎

10月24日(水)曇
今朝のサンケイ新聞に華南の虎のことが写真入りで出ている。漁師が何十枚も写した一枚だというのだが、真偽の程が疑われて騒動になっているいう。
私も戦争中湖南省で捕虜抑留中、近郊の農民が虎に肩から背中を掻き破られて、部隊の医療部に担ぎ込まれたことがあった。
その挙げ句直ぐ近所の山だというので、山狩りをすることになり、住民等何百人と一緒に包囲して終日追ったことがあった。私自身も獣道を走り回ったが、とうとう出くわすことは無かった。
今考えるとぞっとする様な話だが、戦い敗れて明日が知れぬ、若き日の私はもうなる様にしかならぬと自暴自棄に陥っていたのだろう。こんな虎が現れたら危ないものだった。

武漢から百キロぐらい南西の咸寧県というところだったが、あんなところに虎が居るなんて話を聞いたことが無いと、数年前通信フォーラムで岳州の大学に留学した経験のある日本人に疑問を呈されたことがあったが、未だにこうして話題が提供されるほど、中国は広いということである。

午前中に膝の治療に医者に出かける。家内も東広島記念病院がリウマチ治療の権威であることを掛り付けの医師より聞いて一度診察を受ける決意を固める。老人だからある程度は致し方ないが、何より現状より悪化することを恐れている。

(下の写真は産経netviewから転用)
Chiniestiger

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月25日 (木)

写真アルバム

10月25日(木)曇後雨
夕方から雨になるという予報だから、明け方から雲行きはよろしくない。
夕方近くのスーパーに行く。
帰路小雨が降り始める。

古い写真を又アルバムに閉じる。といっても私の写真アルバムはあの豪華なものではない。貧乏暮らしを引き継いで来た中でのアルバムだから、新聞切り抜き用のスクラップブックをいつも利用している。
何十年も昔からだから、これとても雑多である。
最近のスクラップはそれでも透明なフィルムの中に貼り込む様になっているから、手あかにまみれることはなさそうだ。
日付も何もわからなくなってるから、いい加減に貼り込み、何かに区分して整理整頓されたそれでは全然ない。
後で見るものは見当がつかないかもしれないが、あれこれ想像して見てもらうしか無い。
それもまた興趣があっていいのでは。

しかしここ数年デジカメの利用でうなぎ登り以上に増えて来て、困ったなと嘆きの声が上がり放しだ。
ただ一つ救いは、パソコンのおかげでCDやDVDに保存出来ることだが、このデジタル保存という奴が、何時の世まで通用するかという問題がある。

最近のデジカメは撮影年月日が自動的に内部記録され,パソコンで取り出すことが出来る。だから保存したものを辿って行けば,何時の写真かすぐわかる。有り難いことである。
ケータイでもパチパチやってるようだが、こちらはやったことがないのでわからない。小さくて目の悪い老人には向かないだろうと始めから触る気もしない。が、ともかくこれなど便利が良過ぎる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月26日 (金)

友情交換

10月26日(金)曇
膝の治療にせいこうに行く。今日は客が多く待たされる。まだ傷が癒えてない由。

水戸君からメールが2週間振りに入る。癌が悪化したのかと心配して、電話でもしなければと思っていたら、すっかりよくなって元の生活に戻ったという。ホジキン病なんて聞いたことがなかったが、やはり癌の一種であることには違いないらしい。癌ももうどんどん治る病気になったようだ。
彼はたまにしかメールを覗かないので、百通以上たまっていたとか。呑気な話だ。もっとも兄貴が米国へ出かけたり、いろいろ家の出入りがあったらしい。

さざん会の件で、こころにひっかかっていたが、思い切って本間、浜井両君に問い合わせの手紙を出して置く。
土田君がやるということについての意見を求めて。地元の協力なしにはやはり困るから。

レッドソックスが2-1でロッキーズに連勝した。今日は投手リレーが圧巻だった。岡島が相変わらずいいね。
日本にいた時あれほどとは思わなかったが、大リーグとあって精進の気迫が違うのだろう。

午睡から覚めてみると、家内がどこかへ出かけたらしくいない。おやつをひとりですます。幸い雨は止んでいる。もっとも朝公民館祭の準備があるとか言ってはいたが。つまらぬ用事がいろいろあるものだ。

弟のうちに出来た大きなじゃがいもが芽が出始めたと云って、家内はどんぶりにいっぱいサラダを作る。大幅に食事の時間が遅れたが、おいしくて腹一杯になる。結構3日ぐらいはサラダ漬けになりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月27日 (土)

アップル礼賛

10月27日(土)曇後晴
珍しく朝から風が強い。台風20号の影響らしい。小笠原付近にあるという。気温は18度。

今日が公民館祭で昨日は準備だったといって家内は今朝も早く出かける。最年長だから仕事はもうあまりしないのだという。
ひとりで飯を炊いて食う。簡単。
午後4時前家内が帰宅したので一緒にお茶を飲む。みんなが大事にして呉れ、うちまで送ってくれたのだそうだ。
どうしても罷めることができそうにないという。

昨日アップルの新しいOSレパードが売り出されて、全国的に店の前に行列が出来て随分盛り上がったらしい。
2代前のパンサーだったか、ジャガーだったか、発売日にデオデオに午後買いに出かけたときも、列が出来てたが、タイガーのときは機械を買い替えたので、OSを別に求める必要がなかった。
確かにバージョンアップする度に便利が良くなるのは事実だが、私にはこれ以上の機能は必要なさそうだ。というより最近却って面倒と感ずることが出来てしまった。

1985年にワード・プロセッサーを始めて購入し、3度ばかり買い替えたが1993年に買ったカシオの機械は未だに使っている。書体の変化が気に入ってるのと、印刷の用途区分が多いことがなによりいい。
2、3年前印刷のメカが故障したことがあったが、カシオに持って行ったら駄目かもしれませんよと窓口では云われたが、無事修理されて帰って来た。インクリボンも未だに沢山店頭に並んでいるので当分大丈夫らしい。
(ワープロは数年前製造を中止され何処も造っていない)

このワープロを使っている以上、アップルの古いOS9の入る機械が放せない。フロッピーの2DDを変換転送用に使う以外に無いからである。これは今のOSXでは使えても初期化出来ない。
また新しいMacOSXはNTTの電話検索ソフトに対応していない。そもそも日本のパソコン業界はマイクロソフトのウインドーズに占領されて、NTTも何年経ってもその規範から脱しようとしない。
そこで残念ながら、OS9を入れたもう一つのアップルが必要な訳。こちらは滅多に使うことはないが、それでも時には無いと困る。

そういっても、アップルは立派である。iPodをはじめ、昔から革新的アイデアを駆使して、業界をリードしてきている。マイクロソフトといえど常に優位に立つというわけにはいかない。
現在は上記の2点を除いて他は何等支障はない。ウインドウズのものはなんでも理解でき、使用出来る時代になったから。むしろヴィールスの被害を受けにくい点はまことに好都合である。セキュリティのことは考えたことが無い。
(写真は産経netviewからコピー)
Apple_leopard

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月28日 (日)

日米野球花盛り

10月28日(日)晴
浜井君から9時前に電話がかかってくる。介護施設に入ったし、目が見えなくなったので、来年のさざん会には出席できないし世話もできない。どうかよろしく頼むとのことだった。
年々当然次々と起こりうることだから驚くことではないが、残念なことに変わりはない。

レッドソックスが3連勝して、王手をかけた。松阪もよく投げた。
レッドの方が打力が一枚うえのようだ。松井は3安打1盗塁とよく頑張ったが、つきもなかった。
ロッキーズは残りを4連勝しなければ駄目ということは、可能性は90%ない。
もうアメリカも日本も無い。主力で働いているのが日本人なのだから。

日本シリーズも今日第2戦目。中日の雪辱がなるかどうか。これまた面白いのだが。疲れるなあ!
途中で少し右頭脳が変な感じになった。
中日の中田投手がいいし、7回表まで終わって8-1と7点のリード、今日はやはり中日のものだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月29日 (月)

レッドソックス優勝

Mm20071029135248515m0 10月29日(月)曇
朝新聞を取りに出てみると、同じ郵便受けに年鑑購読のMacFanが1冊ずっしりと底に収まっている。
最近は民間の配達業者の頑張りで、予告された月日通りに間違いなく配達される。驚くべきことである。
今月号は2日前に世界同時発売のOS Leopard の解説が満載されている。
今朝来たばかりだから、ちょこちょこと拾った所だが、私の機械も幸いにインストールできるらしい。
するしないは別にしても、雑誌の全編を読むだけの値打ちはあるわけだ。
日進月歩のパソコンの世界だけに、2年前の機械だからやっと拾われた格好だ。
しかしもう一頃の向学心も無くなりつつある。新しいOSに進む気力も無い。といっても折角届けられた雑誌をを一瞥もしないで捨てるには忍びない。
元来、誰に教わるでも無く此の道に入り込んで、助けになるのは雑誌、書物そしてパソコン通信仲間のアドバイスだけで今日がある。雑学修行のパソコンいじりだから、人に教えることは出来ない。それでも使うことはなんとか出来る。
いわば数十年に亘る私の恩師といえる、大事な雑誌様なのだから。

レッドソックスはロッキーズに4連勝して、ワールドチャンピオンの座についた。今日も岡島が途中登板したが、2ランを打たれて1点差に追いつかれ、パペルボンの助けを求めなければならなかった。
1点差のまま逃げ切って遂に勝利をつかんだ。アメリカン・リーグの苦戦が教訓になったのかも知れない。
MVPは今日もホームランを打った5番ローエルがなった。3度リリーフを完遂したパペルボンかと思ったが、守りの貢献はさほどに取り上げないらしい。ローッキーズの松井はチャンスに凡退し,今日はいいところがなかった。
幸運だったのはやはり松坂だろう。新人一年目に優勝チームの一員になれたのだから。それなりの仕事もしたし。(写真は読売onlineからcopy)

膝の傷がもう一息だ。もうすぐ全治するだろうとの医者の言葉。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月30日 (火)

テロと日本は関係ないか

10月30日(火)晴後曇
明日でインド洋の石油補給も時間切れとなり、早くも仕事を打ち切って引揚げにかかったという。
日本国内の事情を知らない国々いや知っている国でも、無責任な国だと思うだろう。どこの国も犠牲を覚悟で協力しているわけだから。
最近1年間にタンカーなどが海賊船の被害にあったのが二十隻以上あったとか。日本がいなければどうなるか、減ることはあるまい。他国のお世話になり放しでよいのか。
こんなことを政争の具にしてよいのだろうか。国際連合に加盟している値打ちはどうもなさそうだ。

日本がテロに狙われないという保証はない。北朝鮮なども盛んにミサイルを飛ばしたりして威嚇している。
いざという時に国連から見捨てられることはないのか。すでに米国にまでも見捨てられかけている気がしてならない。良い口実を与えた様な気がする。

また岩国の米機移駐に伴う騒音問題が騒がしい。米機ならずとも日本の上空は止め用が無い程過密になってきている。
飛行機を無くさない限り留まることは無い。陸上はもう騒音で満ちている。これも止め用は無い。
私の永年の経験では、馴れの問題と思う。都心の交差点の側のビルの4階に十年近く住んでいたことがあったが、喧しくて眠れないのは最初の1週間か十日だった。逆に現在地に越して来た当時は静かすぎて何日か落ち着かなかった。
しかも騒音は昼中は人間が活動しているのだから、止めろと云われても無理な話だ。夜だけなら対策があるはずだ。
ぎゃあぎゃあ云わずに徐に政治的に対策を建てたらいい。騒ぎ立てても良いことはまるで無い。

喧しいと思えばヘリコプターでも喧しい。今も上空を飛んでるけど、ロマン的な音楽にはほど遠い。お負けに昨日は落下して2人死んだ。下の被害が出なくてよかったが、起きたから飛ぶのを止めろというわけに行かんだろう。
自分だけが良いのでは困るのである。世の中みんなが力を合わせ、場合によっては我慢してくらしてゆかなければどうしようもないのだから。

日本シリーズ第三戦、二回を終わって9-1と中日リード。日本ハムもう今日は駄目かなという感じ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月31日 (水)

リウマチ専門医

10月31日(水)晴
目覚めるとから、家内を東広島記念病院に連れて行くことが気になって落ち着かない。
午前中私の膝の治療をまず済まさなければならない。午後は2時半治療開始だから昼飯食って出かけても早いくらい。
まあ慌てることはないのだが。
五日市ICから丁度32キロの道程。まあのんびり行くさ。

@nifty newsによると、石油値上げを予測した消費者の買い物タンク行列が出来ていると報道している。

庶民のささやかな抵抗である。昔私も便所用巻き取り紙を会社に買い占めさせた経験がある。全然儲からなかったが。
灯油は自分が使うのだからまあ問題ないが。ただ来年の分まで買うのはどうかなあ。

午前十時半、膝の傷今日で丁度2週間だと先生が仰る。子供なら早いのだがとも。まだ皮膚が出来つつある所だそうだ。ベッドに寝転んで治療を受けるのだから見ることが出来ない。はいさようですかと答える以外に無い。

午後1時過ぎ東広島に出かける。ICを下りて300m、直ぐわかる。
しかし評判通りリウマチ、膠原病専門の病院とあって、その方の外来も多い。3時間ちょっと待たされてやっと呼び込まれる。診断は非常に軽いリウマチで適切な治療がなされていて今のままで良くなるだろうといわれ、家内は一安心。
永く待たされた苦痛は忘れて帰りは楽しそう。
途中スーパーで買い物をして、帰宅したら間もなく6時だった。
3時のおやつが抜けたので腹ぺこ、帰るや先ず軽くパンなどかじる。それから夕食の準備だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »