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2007年9月24日 (月)

懐かしき旧友の来訪

9月24日(月)曇
朝珍しく三次の林君から電話がかかり、何の用件か知らないが午後家に来るという。なにしろ何十年振りかだろうから驚く。
午前中早速買い物を済ます。

丁度正午ころ電話が林君からかかる。早くついて今佐方の山根さんのところまで来てるのだがという。私の町内ではないのでわからない。
法輪幼稚園を捜して来てくれれば私がそこまで行くからと電話を切る。
町内地図を電話帳と対比して家内と二人で捜す。
同じ2丁目に山根というのがあったので、確認のため彼のケータイへ電話したのだが今度は彼が出ない。
ともかくそこまで行ってみようと、車の所まで出ようとするとまた電話。
迷い迷って今度は八幡神社のところに来ているという。
うちから大分距離があるが、そこに居れば迎えに行くから動かないで待っていろと伝え、早速支度して車で出かける。
考えて見ると40年振りの再会である。すっかり姿格好が変わって、昔の面影はまるでない。
昔が懐かしくて私に逢いたくて仕方がないので逢いに来たのだと云う。奥さんと一緒の車である。

昼なので食事に誘う。部落の入口にあるとんかつの店に誘導する。
67歳になり、3人の子供が皆独立して、夫婦2人で元気に暮らしているという。
カーナビに頼って来たのだが、うちの部落は行き止まりが多いので、うまく行かなかったらしい。

40年前、彼はまだ二十歳代、私の担当部門に入って来た。高校を出て直ぐ大阪の建設会社に就職したが、仕事が気に入らないで一旦郷里の三次に帰っていた。
当時私の会社が新しくウレタンフォームの卸販売を開始していたので、その募集に応じて、いいかなと思って再就職したわけだった。
背の高い、立派な体格の、動作の機敏な好青年だった。始めて商売というものを実践させられただけに、学ぶことが多かったらしい。手取り足取り指導したことが、その後の彼に大いに役立ったという。
私が独立して別の仕事を始めて後、彼もそこを止めた。しかし何度か私を訪ねてくれた。私に愛着を感じていたらしい。
今67歳というから、私より20歳若い。郷里の実兄を助けて、大きく事業を拡大し、現在は地元のりっぱな実業家になっているようだ。

爾来何十年、毎年年賀状だけに付き合いが続いていたのだが、なんらかの動機があって、急に思いつき逢いに来たらしい。
元気で居られてよかったと何度も何度も彼は口走った。
そういえば、彼の口から尋ねられた彼の同僚だった、今井君も河野君ももうこの世に居ない。有吉君は消息不明だ。
ついこの間だったと思ったが、40年は流石に遠い。
よくぞ訪ねてくれた、ありがとう。ひさしぶりに懐かしさに身の震える思いをかみしめることが出来た。

3時半頃から雨が激しくなる。林君は無事帰ったかなと気がかり。

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