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2007年8月 1日 (水)

憲法改正

8月1日(水)曇
対風5号が小笠原南方に近づいている。どうやら4号と同じ様なコースにやってきそうだ。
台風銀座通りと言われるぐらいだから仕方がないか。

民主党小沢代表は同時テロ特措法反対で政府を追いつめるなどと言っている。ちょっとせっかち過ぎるのではないか。
国民はそんなつもりで民主党に投票したのではない。年金問題が釈然としないから安倍内閣を不信任しただけだ。
まずその辺りをはっきりさしてもらいたい。
年金問題は将来に亘って不明朗な点が多い。今の若者たちは老いた時果たして満足に年金が貰えるのかを、先ずはっきりさす必要がある。法律なんていつでも改正出来るのだからでは困るのである。

私達が昔反対したのは、戦後の不安定な経済状況下で果たしてうまく行くのかいなという実状があった。
現在は当時とはまるきり違う状況だけに将来が逆に宛てに出来ないのでは思われる。
民主党ならどうすると言う、これこそマニフェストが欲しい。今の政府と同じなのなら投票した意味が無い。

又どこかで同時テロが起きたらどう対処するつもりなのか。その時考えたらええでよいのか。
全世界には同時テロみたいな動きの萌芽は無数にある。日本だけワシャ知らないよではすまないのでは。

憲法改正も反対だけでは、いつまでも論争は尽きない。スイスみたいな国もあって永い間戦争の局外に居れた。
地形上から云ったら、あまり条件は変わらないのではと思ったりする。
なんでも世界一等国になろうとしないで、ほどほどの位置で平和で食うに困らない文化的な国として存在出来ないのであろうか。
尤も日本は前科者だけに,何処の国も信用はしてくれないだろうが。
そして武器を持って戦うだけが戦争ではない時代だけに尚更中立国などとその立場を認めてはくれないだろう。
国連が云うことならどうにでもするとか、同盟国に対する義務があるからとか、いうことではやはり改正した所で駄目だな。そんな条件付きの憲法なんてあり得ない。

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2007年8月 2日 (木)

台風5号

8月2日(木)曇
台風5号南九州に近づいている。今夜にも上陸するかも知れないという。
今度は四国や中国を横切って日本海に出るとも予測している。
強力な台風といわれるから被害が心配だ。

午後3時とうとう前触れの突風が東の窓からカーテンをまくり始めた。
雲の東から西への移動も早まる。しかし雨にはなりそうにない。

5時風だんだん多くなり強くなる。そろそろ防御準備を始める。吹き飛ばされそうなものを家の回りから撤去し小屋の中にしまう。
アンテナは先般支えをしたから大丈夫だろう。
夜来るというのだから,寝て待つ以外に無い。

夕刻遂に宮崎日向市に上陸してという。もう間違いなく山口県に向う筈だし,暴風圏にあるこの地方は蹂躙されることになる。くわばらくわばら。

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2007年8月 3日 (金)

市場優先原理

今日の中国新聞に宇沢東大名誉教授の「市場優先拒否した国民」というコラムが載った。
小泉改革が市場原理主義を導入して実行された結果、”格差の拡大,社会の非倫理化、社会的紐帯の解体、そして人間的関係自体の崩壊を齎した”とある。
安倍首相はこの小泉改革の継承者であるから、”国民は明確な拒否意志を示したものである”、そしてその結果のこの惨敗で”日本の将来に明るい光を見いだせる様になった”とある。

私は少し違った意見を持っている。

格差の拡大は今に始まったことでもないし、徳川の時代からあった物凄い格差が、維新始め数々の画期的な変革によって,縮まり広がりした様に思う。景気の平坦化により現状維持が続き、格差の変更のチャンスが乏しいだけのことが、向上を志すものに不満感を齎しているに過ぎないと思う。
ただ市場原理をうまく利用して、ライブドアなどの様に濡れ手で粟を掴むものなどが出て来て、庶民を驚かし、改めて格差を感じ始めたのではなかろうか。

市場原理とは改めて申すまでもなく、こんな輩がいくらでも排出する制度なのである。
アメリカが良い例である。濡れ手に粟といわなくても、ちょっと奇抜な考えを実行して巨万の富を獲得し国民の喝采をはくするなど、国柄と云ってもよい経済原理で、そのままでは日本ではまだ根付くことは難しい原理だと思われる。

また社会の非倫理化も社会的紐帯の解体も、戦後すぐから始まった都市集中、大企業優先などの経済構造変化による、家族形態の変化に伴って必然的に生まれて来た負の要素だと思っている。
単純に市場原理主義の否定といえるかどうか疑問だと思っている。

もちろん行き過ぎの市場優先は私も嫌だし,一般国民も否定するだろう。
しかし時代は世界的にも競争社会一色になり、競り勝たなくては生きて行けないし国家も成り立たない。
程々に弱者救済をしながら、市場原理の良い面を追究しながら、多少の政策的抑制を加えて世界経済に伍して行く以外にないのではないかと思う。

露呈した年金問題の不愉快な処理のしかたが、反政府ののろしとなったが、安倍内閣でなくてもこの路線を走る以外に今は途がないと、野党も国民も思っているのではないか。
従って市場優先を拒否したとは私は思っていない。

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2007年8月 4日 (土)

戦場のはなし

8月3日(金)曇
台風5号は寝ている間に付近を通過して日本海に抜けたようだ。
あまり雨も降らないし,風もそれほど感じなかったし、他地方の被害状況がなんともピンと来ない。
よその人にお詫びを言いたいほど、すんなり通り過ぎて行った。
今朝はまだ小雨まじりの風が吹き込んで来て,まともには窓は開けぬが、結構涼しくて快適である。

夕方家内がビックに買い物行こうと云うのでお供をする。
寝具が少し必要らしい。
広い売り場をつき歩くわけには行かないので休憩室に入りコーヒーを飲みながらまつ。

隣に座っていた老人があなたは軍隊に行ったかと話しかけて来る。行ったよ,6年行ってたというと、私は2年だという。いくつになるんだと聞き返すと、84歳だと云う。それでは私より3つ下だなと相槌をうつ。
何処へ行ったのかと聞くとニューギニア方面にという。途中で船を撃沈され16時間泳いでいて、海軍に助けられたともいう。そうか、ニューギニアなら大変だったなあ、私の親友も船舶工兵でラエからフィンシハーフェンにかけて戦場往来し、病院で終戦になり、現在東京でくらしているのがいるが、あの方面は特に激戦だったからなあと話をつなぐ。

またセレベスで終戦を迎えたともいう。セレベスといえば、その首都の軍港マカッサルでは私の別の友人が駐屯していて、ある日友軍の特攻機が敵の爆撃機に体当たりしたのを目撃したと云ってたが、見たかと問うと首を横に振る。
セレベスと云っても大きな島だ。いくら空中だといってもタイミングもあるし、マカッサルに居なかったら見える訳は無い。老人の会話は昔から幼児の会話といっしょでまことにたわいがない。

私の例の癖で、世界中どこでも幼少の頃から地図に馴れ親しんで詳しいので,掌に開いた様な受け答えをする。
彼もだんだん話に窮して来たか、あれこれ問われると,返事に詰まり、無口になってしまった。

今は市内になったが元は隣町の、車で10分ぐらいの所に住んでるという。
話が途絶えると黙って立ち上がり、どこかへ立ち去る。大きな男だ。兵種は聞かなかったが多分野戦重砲兵かもしれない。大きな男でないと勤まらない部隊だから。
米軍はセレベスなど見向きもしないで、直接フィリッピンに上陸してしまった。おいてけぼりを食らって生き延びられた運のいい口だ。
私も似た様なもので人の事は云えないのかも。

もう戦争の体験談など語り合うものはいない。家族のものなど、かたから聞く耳を持たない。
嫌な時代ではあったが、それでも同世代で語り合うと民話を聞く様で懐かしい。いや、しゃべるのが楽しいのかな。

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2007年8月 5日 (日)

盆踊り

8月4日(土)曇後晴
台風一過とは行かない今日の天気。また何時ぐずつくとも知れない灰色の空。
家内の手足の痛みが増して来たらしい。朝食事の支度もままならないらしい。
はらはらしながら眺めているのも辛い。どこをどうしてよいかわからない。
小指など腫れふくらんでいるようだ。
普段からさして笑い声のない家庭だが、ここに来て泣き言ばかりでまことに冴えない。
老人に五体満足を期待する方がおかしいと笑いが出そうでもある。

午後になって日射しが強くなり、涼しい風も吹き通る。本格的な夏風景だ。

朝花火が上がったので何かあるなと思っていたが,夕方になると早々と拡声器の試験をやっている。
盆踊り大会が前の公園で開かれるらしい。
夕方まだ明るいうちから音楽が流れたりして騒がしくなり、暗くなると盆踊り歌がやかましく歌われ始まる。
ほとんどレコードらしいが。
昔一度見に行ったことがあるが、最近は絶えてない。近くだから音はやかましい。9時には終わるから大昔私が若かった頃のようにヨッピテなどという様なことは無い。ちょっと我慢すればすむことだから、迷惑なことは無い。

8月5日(日)晴れたり曇ったり
家内は天候がはっきりしないので、ふとんなどの乾燥をする決心がつかない。昼を大分過ぎてもまだぶつぶつ言っている。
こちらはいつも通り寝たり起きたり、昼頃には良い風が吹き込むので涼しくて快適である。
もちろん女と違って下着だけのほとんど裸に近いのだから、少々の暑さはこたえない。
乾癬のせいで相変わらず全身が痒くて、着るものも着たくないのが本心だが。

近頃蟻が凄く多くなって、屋外はもちろん、屋内までも上がり込んで来てともすれば身体に食いつく。
結構これが痛い。あっと思う程である。すぐ手を回すのだがその俊敏なること、3度に1度は逃がしてしまう。
この地方はアルゼンチン蟻という輸入蟻が国産を駆逐して猛烈に繁殖しているとのことで、市の方でも対策を講じている風だが、そのせいかもしれない。確かに大きさが従来のより、少し小ぶりで敏捷な感じはする。Bonodori

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2007年8月 6日 (月)

原爆記念日

8月6日(月)晴
朝岩国方面に集中豪雨があり、その余波が通り抜ける。30分間ぐらいザーと来て驚く。
暫く雷鳴が轟いたりしたが、8時15分の原爆記念式典前にはいい天気になる。
安倍総理が式典に参列する。
外国にも間もなく出かけるらしいが元気なことである。やはり若くなくては出来ない芸当だろう。
参院選の惨敗が響いて,顔色が冴えないが、自分で続投を決めたのだから,疲れたなどと言っては居れない。
もう少しゆっくりしゃべって、何もかもしゃべらない方がいいのでは、聞かれれば答えるぐらいでいい。
あんたもそのうち揚げ足を取られることになるかもよ。

原爆も無くせ,戦争も無くせ,格差も無くせと要求は多いが、人間を無くせという声は聞こえない。
ほんとはこれが一番最初ではないのか。諸悪の根源は人間が多過ぎることである。

私ぐらい歳を取ると、死ぬる順番は一番だから、ガス室にでも入れてもらえば簡単だし楽だから(昔チチハルでガス室に入れられたことがある、ホスゲンではなかったが)助かる。
今のまま策がなければ、いずれそんなことになるかも知れないなこの地球は。

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2007年8月 7日 (火)

2台の扇風機

8月7日(火)晴
台風6号が沖縄に来てるらしいが、今度は西向きに進むとか。大陸に上陸か。

家内は血液検査とかで朝飯抜きで医者に出かける。
私は左手の小指が乾癬のせいで、三折れになりパソコンに使えない。小指1本のために鍵盤を叩くのが随分不自由になる。

扇風機で今は紛らわしてはいるが、今日は暑くなるぞと予感におののく。
音楽もオーケストラでない方がよいかな。

何度でも言うようだが、原爆は二度と使うべきではないと誰でも思っている。
しかし戦争は規模は小さくても一向になくならない。すると使わないと思っても何時使われるかわからない。

前大戦で日本は最終段階でもう負けることは分かっていた。アメリカはいつまでも抵抗をやめない日本に業を煮やして原爆を落としたという。
日本人は原爆まで落とさなくても降参したのにと今になって言っている。
負けることが分かったのは、ドイツの降伏の時である。
全連合軍がいっせいに襲いかかって来るのだから勝てる訳が無い。
でも原爆を落とされるまでは降伏しなかった。
やっぱり久間さんの言うように”しょうがなかった”のではないのか。

私をも含めて日本人は,言論でも行動でも素直さが無い。孤立した島国のせいかもしれないな。

午後買い物に出たついでに壁掛け扇風機を¥1970.で売ってたので買って帰る。中国製だから恐ろしく安い。
早速ベッドの上に二つ目を取り付ける。涼しくて気持ちがよい。実はいつも裸だから,クーラーでは寒過ぎる。扇風機2台なら裸でちょうどいい。
只寝入った時、風邪を引かなければいいが。

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2007年8月 8日 (水)

立秋

8月8日(水)晴
珍しく夜明けから青空が見える。もう暑い一日が保証されたようなものである。
扇風機2台は結構喧しい。中国製は特に喧しい。ローにしても変わらない。それだけ涼しいのかも知れないが、ローぐらいは静かでないと眠れないので困る。眠るときはやはり古い分を使うことにする。

夏の甲子園が始まる。熱戦が続いて面白い。隣県の岡山理大付属は倍も安打を打ちながらうまく守られて2−3で沖縄の興南に敗れた。さぞ悔しいことだろう。

千代から圭さんの都合で12日に出発すると電話して来る。朝か昼か時間はわからないと。
天気が良いので客布団を日乾する。
蟻が室内に盛んに入って来るので何とかしないといけないなと思っている。
都会の子供は小さな害虫が嫌いで大騒ぎするから。

それにしても今日は暑い。予報では1週間全部晴マーク。今日が立秋と言ってもそれは暦の上、真夏は今だ。

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2007年8月 9日 (木)

ロータリーエンジン

8月9日(木)晴
白雲は多いが紛れもなく好天気だ。
大型ゴミの日だ。布団の古いのや電気掃除機の古いものを捨てる。我が家もどんどん整理しなくちゃーと家内の提言を受け入れざるを得ない。娘らが用済みのものを持ち込んだりするものだから、余計にゴミの山になってしまう。
読書好きな私だから、今となっては古本も多い。十数年ばかり前大量にみかん箱などにあった,古本や学生時代のノートまで廃棄したことがあった。後で書簡や貴重な日記類まで、その一部をうっかり捨ててしまったことに気づき、大いに後悔したことがあった。しかし余命少ない今となっては惜しいものはいくらもない。

ただ現在では、ビデオテープや音楽テープ,CD,DVD類が十個近くの書棚にいっぱいである。この方が問題かも知れない。
こんなものをながめていると、八十年の生涯は永いもんだなと改めて感慨が深い。

今日の新聞を見ると、マツダがRE40年記念のRX-8を200台限定発売の記事が載っている。
思い起こせば私も初のロータリー大衆車サバンナの発売時、いの一番に購入に踏み切った。当時中国、九州一円に掛けて商売の範域を拡大していた最中だったので、行動が楽と思われたロータリー車に切り替えたのだった。
まだ高速道路など無かった時代だけに、延々と渋滞する長距離トラックの群れの後に付いた時、一気に追い抜くのにはもってこいだった。加速のすばらしは抜群で、坂路などでは特に威力が発揮された。
片道一車線が殆どだったから,対向車にはもちろん一番神経を使った。加速の乏しい車では到底追い抜く気持ちにはなれなかっただろう。

2年ぐらいして例のオイルショックが発生した。
途端にガソリン代が倍になった。リッター当り7、8キロの燃費では流石に私も考えた。
遂にマツダにいって、同容量のグランドファミリアに交換してもらった。
しかし良い車だったなあと未だに感慨が深い。スタイルもよかった。長崎県のあるガソリンスタンドで燃料補給をしてもらった時、この車は外車ですかと聞かれたことがあった。始めて見たというのである。

このオイルショックがロータリー車の命取りになった。そしてマツダの転落が始まった。
いくら格好が良く,走りが良くても、燃費が悪くては通用しない。現在の米国が良い例である。
道路事情の悪い日本では尚更である。
理論的にも理想的と思われるロータリー車の生きる途はないのだろうか。
細々ながら理想に向って努力を続けられるマツダ技術陣に尊敬のまなざしを送り続けている一野人である。

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2007年8月10日 (金)

蟻と掃除

8月10日(金)晴
今朝5時半目が覚めて,ふと見ると部屋の片隅にあるゴミ箱の周辺が真っ黒くなっている。何かなと目を近づけると蟻の大軍。これはと驚いて用意してある殺虫剤を振りかけて一網打尽にする。
そのまま眠れないのでテレビをつける。
やはり猛暑が1週間は続くという。帰省ラッシュが始まり、又あらたな成り済まし詐欺のニュースが伝えられる。
やられるのは八十過ぎの老人ばかり、人ごとではなさそうだ。

家内の手足の痛みが取れないので,今日もまた三菱病院につれてゆく。今日は割と込んでいて昼近くまでかかり、帰りは途中のアルパークで食事をして帰る。

テレビの報道では12日は最高の帰省ラッシュになるとのこと、娘らの事が心配でたまらない。無理して帰ることはないのだが。
私が28歳の時30時間かかって東京から帰郷したことがあったが、あの時は列車で、関ヶ原の大雪のために遅延したのだが、渋滞も似た様なもの、気をつけるも何もただ我慢する以外に無い。
普段仕事で疲れているのに気の毒なことだ。こんどは帰りもあるのだから。

午後4時半部屋の中が不潔なので蟻が入って来るのではいかと思いつき、急遽洗剤と水で部屋のタイルをぞうきん掛けする。空いてる所だけなのに終わったときはふらふらする。重労働である。
汗ぐっしょりになったので、シャツを脱いで物干し竿に掛け、テラスに椅子を出して裸のまま身体も干す。
夕方の風が涼しく生き返る。
家内は笑っていたが古川柳にもあるように正に男に生まれた醍醐味である。

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2007年8月12日 (日)

盆の里帰り

8月11日(土)晴
かんかん照りの一日。
言う元気も無ければ、書く元気もない。
寝転んで高校野球を終日見る。どの試合も接戦で飽かさない。高校球児は恐ろしいくらい元気である。
夜になって去年の準優勝佼駒沢苫小牧と広陵の一戦全く手に汗を握る。
甲子園では何が起きるか分からないの例え通り、最終会にどんでん返しが待っていた。
駒沢のまさかのエラーの連発にあっという間に逆転劇が演ぜられ、広陵が大きな拾い物をした。
駒沢の無念、語るにしのびない。
千代ら夜東京を出るらしい。

8月12日(日)晴
朝7時過ぎ圭さんから電話、京都まで来たと言う。
9時45分千代に電話すると、まだ吹田にも達していないという。

二階の空き部屋を掃除する。勿論来客に備えてである。普段ほとんど使用してないのでひどい汚れは無い。
それでも老人には一仕事ではある。

山陽道も渋滞が続いているようだ。岡山付近に着いたのが3時を過ぎている。
待つ身も辛いが、運転する方は未だ辛い。まあ、がまんがまん。

6時前やっと到着、みんな無事で良かったが、さすがに疲れた様子。
900キロの自動車旅がというより、のろのろ運転の連続がこころを疲れさせたようだ。
14日にはもう帰るというから、これが又大変だ。

来客者たちは、夜早々と入浴や食事を終えると、すぐ寝につく。さすがに疲れているから決断が早い。
こちらはいつものくせでそう簡単には眠れない。最近は家内の不眠症が私にうつったらしく、本を読むか、DVDを見るかしないとなかなか寝付かれない。目を疲れさせないと駄目だ。
そういえばパソコンに向き合ってる時間が昨今大分減ったかも知れない。目というより脳神経を疲れさせなくては駄目なのかも知れない。

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2007年8月13日 (月)

うちの墓地

8月13日(月)晴
圭さんが昨夜は爆睡したと言って起きて来る。18時間もかけて自動車を運転したり、時々交代しても仮睡程度でゆられて来たのだから無理も無い。
しかしまあ無事でよかった。後は帰りの道程だけだ。気を緩めないで我が家へたどり着いてほしい。
明日の朝出発と聞いている。
けだし勤めある身のつらいところだ。

水銀柱はうなぎ登り。
正午には室内で33度。

午後4時私の墓が見たいという子供らの希望で、墓地に案内する。
流石に今日は車が多い。この地方独特の真宗式の盆飾りが、墓地全面に立てられまことに色彩賑やかである。

赤十字看護大学の横を通り抜け、ナタリーに出て、Mario di Mare でイタリア料理をご馳走になる。

8時帰宅。明日早朝鳴門に向うという、圭さん一家の予定もあって今日も早々と寝に就く。Tomb

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2007年8月14日 (火)

もう一つの台風一過

8月14日(火)晴
暦もなんのその夏本番は続く。
朝起きると、窓からはむっとする空気が入り込む。
何もしないうちからけだるい身体をもてあます。
子や孫らも疲れが出たか、起床はゆっくり。

午前9時半南一家鳴門に向ってうちを出る。何か名残惜しさが深い。

午后2時半こちらから電話する。昼には鳴門について食事を済ませ、目下住まいを片付け中とのこと。
道中何等問題なかったとのことで一安心。

東京へは長距離フェリーで帰るとのことそれなら酷く疲れることもあるまい。

全力投球の後だけに、脱力状況の老夫婦は部屋を涼しくして晩までごろごろする。蟻の襲来をちょいちょい気にしながら。


Minami_no_mago

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2007年8月15日 (水)

ふるさとの墓参り

8月15日(水)
終戦記念日といえば、我が家では昨14日の爆滅記念日をいやでも想起する。
私は当時戦地にあったから、直接被爆することはなかったが、近所に掘った防空壕に危うく逃げ込んだ母と妹はその恐怖をいやでも忘れはしないだろう。もっとも母はもうこの世にはいないが。

15日は中国の広西・湖南両省の境界近くの山中にいて、終戦の事態も知ること無く、珍しく敵機の空襲を受けることも無く平穏な一日だったと思い返している。感慨も何も無い。

甲子園の熱戦は相変わらず面白い。この暑い中を暑さを忘れて戦い続ける球児の溌剌たる動きは老人には羨まし過ぎる。
この世界は近年地域格差が完全に無くなった。経済環境にも応用出来ないものか。
人数が多いからとか、お金が沢山あるからとかは、関係なくなったことが素晴らしい。

お盆もこちらが親の年齢に達したので、ふるさとの墓参りはこちらの都合の良い時にさせてもらう。
行けないときはあの世で会うことになるだろう。

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2007年8月16日 (木)

広陵高校

8月16日(木)晴
遠くの方から蝉の声がかすかに聞こえる。いや空耳かな。それとも近頃特に激しくなった耳鳴りかも知れない。
もう頼りない耳だ。
家内がしゃべることも、テレビの会話も、耳をそばだてないと聞き分けられない。雑音と同じだ。

昨夜の蒸し暑さは格別で、乾癬の痒さが激しくて眠れなかった。多少は食事のせいもあるらしい。
カユミ止めは倍の量呑んだのだが、却って悪かったようだ。

午後甲子園の高佼野球で地元代表の広陵が東福岡に大差で圧勝した。楽な気持ちで見られたのはよいが、慢心や油断が生じなければよいがとそれが心配だ。

今日は40度を超えた地方がいくつも発生した。死者も数名出た様に伝えられている。
いずれも史上最高と言っている。地球の異常はもうどうしようもないのだろうか。

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2007年8月17日 (金)

ベスト8

8月17日(金)晴
台風8号が沖縄南方に来て、西進している。影響はなさそうだ。しかし猛暑は相変わらず。気温28度、室内でも32度(午前8時現在)。もうまともな姿では居れない。それでも下着はぐっしょり。
まあ新陳代謝がいいのだから好しとするか。

昨日40度以上の場所が、全国で9カ所。そのうち最高の40.9度が埼玉の熊谷と岐阜の多治見とある。
いつも暑い山形が40.8度とつづく。どうやら盆地や海から離れた地域が多い。
私の居る広島は内海のおかげで35度くらいだからまあ我慢出来る。

午後も大分過ぎると気温がどんどん上昇し、36度になり熱中症になってはたまらないので、水をがぶがぶ飲む。
それにつけても炎天下で競技する甲子園球児たちの逞しさはどうか。
常葉菊川のピンチヒッターが3ランを打って追いつき、延長でとうとうさよならする。日南学園は思わぬ冠者の出現で、今日3番目のベスト8になり損ねた。ベスト8の半数がオール九州ということには惜しくもならなかった。
奇蹟は簡単には起らない。
Kfullnormal20070818005_m
<常葉菊川・日南学園>延長10回裏2死一、二塁、8回の同点弾に続きまたも常葉菊川の伊藤が中前にサヨナラタイムリー /スポーツニッポンより転載

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2007年8月18日 (土)

我が家の会食

8月18日(土)晴
天気予報では明日から天候が変わる筈だが、予報通り進めば今日が最後のかんかん照りの日ということになる。
なんだか待ち遠しい。そういえば庭の植木もさぞ待ち望んでいることだろう。
但し予報は雨が降るとはいっていない。植木の願いはまだ空しいかもしれない。

今年の夏程身体が四六時中痒かった覚えは無い。これも死に体に向っている証拠だろうが、家内の如くあちこち訳もなく痛む老人が数多い。しかも原因が定かでない。私も一時期そんな日々が続いて、死にたくなったことがあるが、それよりはましなのかもしれない。
いずれも文明病の一種だろう。生活が豊か過ぎるのが原因だと自戒している。

夕方から長女夫妻の世話で新婚の孫夫婦も交えて会食を催す。
私は生憎朝から甲子園中継を見ていたので、一番大事な地元の広陵高校と聖光学院の対戦を見逃す訳には行かない。レストランにラジオを持ち込んで音を小さくして聞く。
放送に気を取られて上の空では、皆の会話はまるで耳に入らない。
序盤から期待通り広陵が6−0とリードする。これなら野村の投球を崩して逆転は困難だと、勝利を確信する。
7回途中から若手投手と交代する。監督差配だろうが、危険だなと憂慮する。
前の試合で大垣日大の監督が途中で主戦投手を休ませた途端新人投手が打ち込まれて3点取られ慌てて元通りにしたことを見ていたから、よくも同じ様なことするもんだなあと気が気ではない。

幸いに打線が追加点を取ったりしたので、失点もカバーでき8-2でベスト8に進出した。
今度は油断しないで春以上の成績を挙げて欲しいものだ。

会食は御陰で人の言葉も耳に入らないし、苦手の豆腐料理が多かったので困ったが、耳に気を取られているうちに賞味する暇なく、ほとんど平らげてしまった。
まあ家内が主宰者みたいなものだから、これはこれで結構だった。新婚後はじめての若夫婦を目の前にして、その幸福そうな雰囲気で充分堪能出来た。
(写真は中国新聞よりコピー)Tn20070819008501

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2007年8月19日 (日)

患者のモラル

8月19日(日)曇
曇っているのか晴れているのか、灰色の空は判じがつかない。予報では今日から曇が続くことになってたから、曇り空なのであろう。
今日の読売新聞に「横暴患者に大学病院苦悩」と云うのが出ている。昨年度1年間で暴力430件、暴言990件とある。数の多さに驚く。そして患者側のモラルを問われる事例が多いという。何処の世界でも、暴力暴言の類は沢山あることで、極端過ぎることがなければ、法律沙汰になることなく、当事者で適宜処置する。
昔はこんな統計を取る人はいなかっただろうから、多くなったか少ないのかわからないが、私の孫がこの3月まで大学病院に勤めていたし、転職した理由に、こんなこともあったのかもしれんと、人ごとではなく気になる。

いつかの新聞コラムに参院選で与党大敗北の原因を、国民が市場優先原理主義を拒否したことにあるとしたのがあったが、この暴力暴言の事象なども、一刻も早く、有利な治療を受けたいという市場優先原理の齎す現代の社会現象と云えば云える。

甲子園では佐賀北のねばりにはほとほと恐れ入る。高校野球の神髄というべきか。
広陵は相変わらず強い。野村投手を中心に攻守にそつがない。次の春の覇者との対戦が益々面白くなった。

夕方突如雷鳴轟き驟雨来襲。時々大雨になり、落雷の為停電も2度3度。
パソコンは予めスイッチオフしていたので、別状はない。8時には雨止む。

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2007年8月20日 (月)

蝉の声

8月20日(月)晴
昨夕は2週間振りの雨、それも夕立だからお湿りがあったというに過ぎない。乾燥が続くが水がめは大丈夫かな。

今朝はうす雲はあるが、雨の心配はなさそうだ。
今朝早く圭さんから無事東京港に着いたからと電話が入る。早速出勤するらしい。忙しいことだ。

庭の植木で蝉が啼いている。朝ちょっと涼しいから、命の終を急いでいるのだろう。

広陵の相手は春の優勝校常葉菊川と決まった。投手も良いし、打線が活発だ。
明日は竜虎相打つ激しい戦いになりそうだ。

家内は手足の痛みが内科的原因ではないかと云われ、近くの古くからある内科医院に受診に赴く。
私も湿疹が随分酷いので明日の定期受診にこれの対策を考えなければならない。
風邪こそ引かないが、暑ければ暑いなりの故障が発生する。老人の悲しい所。

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2007年8月21日 (火)

墓参

8月21日(火)曇時々驟雨
早起きして、いつもの通り広島総合病院に出かける。盆で休診していた外来患者が集中したのか、凄い込み様。
いつもより一時間余計にかかる。

かねて予定していた墓参を果たすべく郷里に10時過ぎに出発。
大竹で買い物と昼食を済ませて、田賀の墓参りから始める。

芳邦さんがやはり母校広陵の試合をテレビ観戦していたので割り込む。
広陵はいつも通り先行逃げ切りを策し、最後は野村投手も打ち込まれて危なかったが、なんとか好守備で1点差で勝利を物にする。春以来負け知らずのセンバツ優勝校常葉菊川に始めて黒星を呈する。
連続優勝を信じていた常葉菊川ナインには気の毒だったが、やはり今回は広陵が投攻守に紙一重の差があったようだ。

幸雄のうちを廻って3時過ぎ帰路につく。
(写真は中国新聞より)
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2007年8月22日 (水)

佐賀北高校優勝

8月22日(水)晴
青空の多い、暑くなりそうな天気。
やや爽やかな風が吹き込み早朝は気持ちよい。

昨日湿疹の多さに驚いた担当医師が、アレルギー抑制の強い薬だと言ってくれた薬を昨夕、今朝と呑む。
あまり効いた感じはしないのだが、朝は眠気が取れなくて起き難かった。副作用の方が良く効くのかな。
痒いから掻くと、乾癬に転移するからと先生が注意をしてくれたのだが、掻かない訳には行きそうも無い。
全身に広がっているから無意識に手があちこちさまよう。

午後1時から第89回高校野球決勝戦が始まった。テレビに勿論釘付けである。
広陵が2回に2点を入れた後、毎回チャンスはつくるのだが、佐賀北の好守に阻まれてなかなか追加点が奪えない。これはひょっとすると1回のチャンスにひっくり返されるのではないかと、イライラしてみていた。
7回に漸く2点を追加したので、やれやれこれで優勝間違いないなと思ったのだが、魔の8回裏が昨日同様始まった。
昨日の菊川戦ではなんとか1点差で振り切れたのだが、今日は同じ様には行かなかった。
佐賀北で一番怖いバッター副島に打順が回ってしまった。逆転満塁ホームランという奇蹟が起きた。
87年の生涯でも、こんな大きな大会での決勝でこんなのを見たのは始めてである。
PL学園の清原が宇部商との決勝戦で、何本目かのホームランを打って競り勝ったが、乱戦だったからこれほどの印象はなかった。
一方的に押しまくられていた側の一発だから正にダイヤモンドの価値がある。

負けたのが地元代表広陵だけに悔しさが倍加する。
優勝する為には6戦、7戦しなければならない。やはり投手はこの暑い時に一人では無理だ。
佐賀北の2枚看板が物を言った。同じ力の主戦投手が2名以上いるということだ。
将来に亘ってこの教訓は残るだろう。
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8回裏、1死満塁で佐賀北の副島が左越え満塁本塁打を放ち、逆転した〜朝日新聞より

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2007年8月23日 (木)

甲子園の神様

8月23日(木)曇
夕立模様で時に雷鳴が轟いたりして落ちつかない。
夜中に降ったらしくしっとりと濡れている。庭に出ると気づかぬぐらいの小雨が頬にあたる。

朝のテレビで盛んに昨日の劇的逆転ホームランが繰り返し報道され、佐賀地元の爆発的喜びが伝えられる。
その反対に広島の我々の無念さは益々高まる。永遠に歴史に残る逆転劇だろう。
以下のスポーツニッポンの素晴らしい紙面記事が語っている通りである。
甲子園の神の采配としか思えない。広陵高校ナイン・アンド・ファン以て暝すべきか。
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また「奇跡」逆転満塁弾で佐賀北V(スポーツニッポンより転載)

 第89回全国高校野球選手権大会最終日は22日、兵庫県西宮市の甲子園球場で決勝が行われ、佐賀北(佐賀)が8回に副島浩史内野手(3年)の満塁本塁打などで一挙5点を挙げて広陵(広島)に5—4と逆転勝ちし、全国4081校の頂点に立った。佐賀勢の優勝は94年の佐賀商以来、13年ぶり。決勝での満塁本塁打は同年以来、2本目だが「逆転満塁弾」となると史上初の快挙。大会中、さまざまな「奇跡」を起こしてきた地方の公立普通校。彼らこそが甲子園に最も愛されていた。

 【佐賀北5—4広陵】母なる甲子園は佐賀北ナインの味方だった。8回。1点を返して、なおも1死満塁。手拍子がわき、観客席のあちこちから声援が飛ぶ。異様とも言える雰囲気の中、副島は広陵・野村の投じたスライダーを強く叩いた。打球は大歓声に後押しされるように高く飛ぶ。左翼席に届いた。甲子園では何だって起こる。逆転の満塁本塁打に銀傘が揺れた。

 「球場全体が佐賀北を応援してくれているように感じた。言葉にならないくらいうれしい。信じられない。幸せです」

 開幕の福井商戦で大会1号を放った副島が、夏の大会通算30本目のグランドスラムで締めくくった。13年前の94年。佐賀商は開幕試合を制し、決勝では西原主将の劇的な決勝満塁本塁打で全国の頂点に立った。「凄いつながりを感じる」と副島は言うが、決勝で逆転の満塁本塁打を放ったのは史上初めてのこと。延長15回引き分け再試合、王者・帝京からのサヨナラ勝ち…。誰もが経験できることではなかった。

 副島は佐賀・城南中では今秋ドラフトで上位指名が確実視される高浜(横浜)を差し置いて4番を打った経験を持つ。しかし高校入学後は今年の佐賀大会まで公式戦の本塁打は1本もなかった。佐賀北ナインは全員が地元出身。そして全員が中学時代に軟式の経験しかない。全員が甲子園で大きく成長して優勝した。副島が眠っていた才能を呼び起こされたように、しゃく熱の甲子園が普通の高校生を日本一の球児に育て上げた。「野球の神様が味方をしてくれた。佐賀商のビデオを見ているようでした」。こう言った百崎監督は「信じられない」を連発した。

 特待生問題で揺れた89回目の夏。高校野球の在り方が問われた年に、公立の普通校が深紅の大旗を手にしたのは象徴的でもある。副島は言った。「ウチはプロに行くような選手はいない。チームが1つになって勝ってきた。それが高校野球だと思う」。73イニング、16時間11分。全国の高校球児たちで最も長い夏が終わった。
[ 2007年08月23日付 紙面記事 ]
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Homerun

(中国新聞より)
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家内が依然として手足の痛みを訴える。
炊事の事何一つ知らないこの身では、どうすればいいかだだあたふたするのみである。
牛乳がないというから、一人で車を飛ばして近くのスーパーで適当に買って来る。

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2007年8月24日 (金)

アルゼンチン蟻

8月24日(金)晴
いくらか猛暑が退却して、ちょうど良い夏の気候になった。
それでも外は暑い。家内は買い物に出かけて汗ぐっしょりになって帰って来る。

私の使っているCDラジカセが、CDの音飛びが始まったので、昨日修理に出したために、他のコンポーネントを使って音楽を聴かねばならず、音質はよいがあちこち手配りが面倒だ。

相変わらず蟻の侵入には悩まされる。何本も買って来てある殺虫剤も空っぽになったのが、ころげまわっていて、とっさに役立たなかったりする。こんな夏は始めてである。
アルゼンチン蟻は快速だけあって、一瞬の油断も出来ない。ちょっとお菓子など広げたままにしていると、10分もたたないうちに黒山にたかられてしまう。
四六時中偵察蟻が、うろついていて、電波でも発信しているのではないかと思われる程すぐ集団行動に結びつくのだから。
アルゼンチン蟻は日本では私の住んでいる廿日市市を中心に県下西部一円と呉市付近まで広がっているらしい。
山口県東部にも当然広がって住民を悩ませているとマスメディアが盛んに報じている。
スーパーなどに行ってみると、対策の殺虫剤がいろいろ売られていていやでも、真剣にあたらざるを得ない。
今は少し減ったようだが、せい高アワダチ草やブラックバスのような外来種が時に大繁殖する。
日本が住み良いのか、本来汎国際的な品種なのか、時々ぎょっとすような現象が起るものだなあ。

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2007年8月26日 (日)

世界の格差

8月26日(日)晴
昨日と違って朝早くから蒸し暑い。また天候が崩れるのかも知れない。日射しは強いのだが。
立秋を過ぎて、太陽の軌道が大分南下したらしく、昼には私の部屋に日の脚が50cmぐらい入って来る。
御陰で部屋の温度が急上昇して、扇風機の風が逆効果になってしまう。やむを得ずカーテンを引いて、さながら夜の如き感じになってしまった。

夕方少し暑気が落ち着いた頃を見計らってスーパーに食料を買いに行く。老人二人の所帯でも結構買う量は少なくない。我ながらどこに収まるのだろうといぶかしい。それも週に3回は買いに出るのだから、馬鹿にならない。
尤も必要量をきっかり買える様にはなっていないので、ゴミになるものも少なくないらしい。特に夏分は長持ちしにくいのでどうしても多くなる。
それでなくても食あたりらしい病気は屢々起きて、神経質にならざるをえない。
昔から独り口は食えなくても二人口は食えるという諺があるが、その二人口でも老人は半人前に等しいから、独り口に近くなるという訳である。
戦前戦後の食糧難の時代を思うと全く申し訳ないほどの贅沢ぶりである。

考えて見ると、現在日本には乞食はいない。言葉すら聞かない。若いものには理解出来ない言葉だろう。
戦後少なくとも最近50年は飢え死にしたなどということは日本では聞かない。
全く幸福な国である。敗戦国というのに。
格差は国内を対象にする前に世界に目を向けるべきではと思えて来る。

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2007年8月27日 (月)

うれしいサービス

8月27日(月)曇
CDラジカセの修理が終わったから取りに来いと昨夕電話が入ったので、今朝貰いに行く。
やはりこれがないと、手軽に音楽が聴けないので、有り難さがわかる。
早速テストしてみると元通り何の問題も無く聞ける。
トラバース、ギア、ピンチローラーなど5種8点交換とある。修理金額¥7260.と計算書にはあるが、5年の保証期間内なのでただである。乱暴に使って申し訳ないと謝罪したい気持ちである。
デオデオさん有り難う。

昼になると相変わらずの猛暑。充分汗をかいておいてシャワーで流す。ここのところ私の日課である。
家内もいくらか手足が楽になった感じ。うれしい。

広陵は頑張ったけど、カープは相変わらずぼろ負け。もう3位が遥か彼方に霞んでしまった。
サンフレッチェもかけ声ばかりでなかなかすっきり勝てない。中以下をうろついていて頼りない。
県民の応援がたりないのか、選手の力量不足か、ともかくも情けない。
広陵の様に夢中にさせてほしい。

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2007年8月28日 (火)

月食

8月28日(火)晴
予報では夕方には雨になるらしいが、午前8時の現在は白い千切れ雲が飛んでるくらいで、雨になるとはまるで思えない。日はかんかん射して、熱気とともに部屋に入り込んで来る。暑い。
若ければ海にでも出かけるところだが、こう老いぼれては家の敷居から一歩も出られないし、出る気もしない。
ちょっと熱戦に当てられるだけで、氷の如く解けてしまいそうである。

家内はそれでも敢えて内科の医者まで歩いて行く。昼過ぎて帰って来る。患者が多かった由。
やはりリュウマチの指数が少し出た(37)と云って薬を貰って来る。
内科で出るというのが私にはよく分からない。

正午になると驟雨がぱたぱたと数分間降る。空は多少雲が増えたが青空もまだ覗いているのに。
私の二階のこの部屋だけ蟻の出現がパタと減る。原因は不明。
階下は依然として跳梁しているので油断はならないが。

夜に入っても雨にはならない。皆既月食はそれでも雲が深くて見られなかった。

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2007年8月29日 (水)

天気予報

8月29日(水)曇
隣の島根県では大雨警報まで出たのに、こちらではとうとう今朝まで雨にはならない。
曇り空ではあるが、黒雲は見えない。

昨夜の月食は家内は8時頃終わった後の月を見たというが私はとうとう見ないでしまった。もっとも夜中に雲の裂け間のまん丸くなった中天の月は見たのだが、月食には何等関係ない。
結局今回はタイミングが悪かったようだ。

安倍内閣の支持率が40.5%に跳ね上がった。なんの実績も無いのに。世論調査なんてやはりこんなものだった。
人間の心なんてごく小数のものを除いて、いつも不安定に動き回っているからだ。

午前中家内はマッサージに出かける。効くとか効かないとかいろいろいいながら。
半ば気休めに過ぎないのかも知れない。
午後になっても天気は一向に変わらない。高曇りで雨の気配は感じられない。
夕方にはとうとう晴れて来る。この分なら明日もいい天気になりそうだ。

蟻が出ないと思ったのは間違いで時ならぬ時に違う場所に、10匹ばかりうろついているの見つける。どこから入って来るのかなあ。

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2007年8月30日 (木)

リウマチ

8月30日(木)曇
朝からどんより灰色の雲が覆って、ようやく雨の気配濃厚。
気温も大分下がったらしく、うんと過ごしよい。
台風9号がまた近づいているらしいが、台風でも来ないと停滞した空気は一掃されないのかもしれない。
期待と恐れと相半ばする不安な気持ちだが、いずれ遠からずはっきりするであろう。

正午を過ぎると、しとしとと降り始める。やはり始まった。
まあ庭の植木などには恵みの雨だ。
ところがものの2、30分もすると止んでしまい。だんまりがつづく。

家内は医者から貰ったリウマチの薬を飲み始める。覚悟を決めたようだ。大きな錠剤で呑んだら直ぐ治るというものではないらしい。1ヶ月も2ヶ月もかかるらしい。だから痛みはすぐにはとれるというものはないとのこと。別に痛み止めを呑まねばならない。指の先が赤く腫れれている。家内も困るが私も困る。

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2007年8月31日 (金)

カワイルカ

8月31日(金)曇
夜半に雨が降った形跡が残っている。気づかなかったくらいだから大雨ではなかったのだろう。松江方面はひどかたらしいから、山脈のこちらは助かったわけだ。時々有り難いことが起きる。

今日の中国新聞に揚子江のカワイルカが一匹生存を確認されたと出ている。昨年大掛かりに捜したが一頭もいなかったので、絶滅したのだと発表していたらしい。数年前私がイルカの事を通信フォーラムで書いた頃、まだ百頭ぐらい残っているとのことだったが、なかなかはっきりしたことはわからないのだなあ。
1944、5年に揚子江を上り下りした折り、群れをなして泳いで居た光景が未だに忘れられない。
大きい船だといつまでも後をつけられた。小さい川舟だと近寄りもしなかった。もっとも船頭さんが何故か怖がって見てはいけないと盛んに制止したことがあったが。
豪快に浮き沈みして泳いで行く光景は海のイルカと変わらない。あの頃は海から登って来たのだろうと思ていたものだが。

曇っているので涼しくて快適である。他所は落雷があったり、随分酷く降ったりして大変ならしいが、ここらは何事も無い。家内は午后ショッピングに広島に出かける。新しいカードを作ってもらうとか云ってたが。

衛星テレビで関口知宏の中国大陸の列車旅をやっていたのを録画して再生してみる。曾游の地や、戦争の時通ったところなどあって懐かしい。昆明や桂林などは只通り過ぎただけの写真で、思いとはまるで違っていたが、車窓の風景や中国人とのふれあいは思い当たりがあって特に懐かしい。
1945年の正月、激戦の後廃墟となった衡陽の街の死骸がゴロゴロしている中で雑煮餅を食べたことがあったが、現在のこの賑やかさはどうだ。とても昔を思い起こせない。
しかし半世紀以上経つとこんなにまで変わるものかと、変化の凄さに驚く。柳州や桂林など駐留していた当時の戦火に破壊され尽くした面影はまるでない。
皆数百万の人間が住み、殷賑を極めている。人間の力の偉大さに今更の如く驚く。
もっとも広島だって同じことではあるが。
ただ中国人の偉い所は、古くてもちゃんと残されているものは大事に修復してでも残している。
私が若い時仕事をしていた長春のビルなど昔のまま残って居たことを先年見届けている。
日本では東京はもちろん田舎の街でも跡形無く変わってしまったものが多い。全部とは云わないが。国民性の違いかも知れない。
只歴史的価値のあるものは何処の国でも残している。これをも否定するものではない。

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