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2007年7月19日 (木)

懐かしい悔悟

7月19日(木)曇
灰色に霞んで,雲らしいものも見えず、日光は薄くはっきりしない天気。予報は一応晴と出ているが。
朝23度だが、蒸し暑く爽快さはまるでない。
昨日の夜横山君に電話する。お中元のお礼に午前午後3度電話したが通じないので、また入院でもしていると大変だと思って。
夜はうって変わって元気な声。昼間はあちこち出かけていたとか。
ともかく変わりなく元気な由安心する。

寝たり起きたりして過ごす毎日だから、ラジオ深夜放送は一番親しい日課である。
定期購読しているラジオ深夜便という冊子にこころのエッセーという短編が毎号に亘って掲載されている。
皆こころを打つ印象深い話ばかりで時に頬を濡らしたりする。
85歳の老婦人の「一期一会」というのがあったが,話の筋は全く違うが私にも戦争に遮られて成就しなかった一期一会がある。もうこの世への決別が旦夕に迫っている昨今不思議にあの頃を思い出す。
学生時代最後の一年と就職、兵役の一年の間を通じて続いた愛の文通も、上官の強制によってある日、中断させられてしまった。
そして戦後の混乱は昔を呼び戻す環境ではなく、忘却の彼方へ押しやられてしまった。
ただ一度だけ42年振りに彼女から電話がかかって来たことがあった。
私が生還していることを、同じ下宿にいた一年下のそれもたまたま満洲の陸軍病院で同じ入院患者として、ばったり逢った学友からきいたのだそうである。用件は久しぶりに私の生きていた声が聞きたかった、そして近くテレビに出るから自分を見てくれと言うことだった。
テレビで彼女をしみじみと眺めた。幸福そうな熟年実業家の彼女を見て半ば安心し,半ばこころの痛みを覚えたことであった。しかし何しろ思い出すにしても40余年は長過ぎた。
これは厳格に言えば一期二会ということになるかもしれない。
私にも人並みに懐かしいそして悲しい青春があったということである。

彼女もエッセーの作者の如く、突然便りが途絶し、とうとう終戦後まで状況が分からなくて,永い間不安な毎日を過ごしたのであろうかと思うと、電話を掛けて来たときやはりそれなりの応答をしなければならなかったかもしれない。謝罪はともかく通信途絶のいきさつも教えるべきだったかもしれない。エッセーの作者が深夜の星を眺め,また熱田神宮に参る度に偲ぶ、その現在のこころ根に触れて、今更私自身も悔悟の情が沸き上がるのを覚えるものである。

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