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2007年7月 5日 (木)

昭和天皇の詔勅

7月5日(木)曇
昨日米国のロバート・ジョゼフ特使が原爆が日本人を救ったと又アメリカ側の認識を発表した。
日本のジャーナリズムはそうでないと反論する勢いだ。
歴史を歪曲せんとしているのはどちらだ。
私は昭和天皇の詔勅を思い起こす、即ち
「世界の大勢亦我に利あらず。加之敵は新に残虐なる爆弾を使用し、頻に無辜を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚、交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。斯くの如くむば、朕何を以てか億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せむや。是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れる所以なり。」
とある。
当時原子爆弾という名前は日本にはなかった。新たな残虐なる爆弾とは原子爆弾であることは間違いない。
天皇を決意させたものは正にこれだった。原爆の惨害は測り知れない。民族滅亡に繋がると仰せられている。
今更あーだこーだいうのはよそうではないか。
数百万の命は救ったかどうかは、勝手に思わすがよい。詔勅の効果がなかったらそうなったかもしれない。徹底抗戦を叫んだ人間は無数にいたのだから。
千島、樺太、満洲のソ連侵略はその実証といえる。戦意はなくても戦争継続の意志が先方にある限り戦争は終わらない。天皇の詔勅は一種の悲鳴であって、味方も敵も正直に受け取らなければ、戦争は終わらなかったであろう。
アメリカがソ連と一緒に攻撃を続行すれば、何百何千万の犠牲は出たであろう。現に私の家も8月14日に爆撃で壊滅した。降伏受け入れの15日までは続いた。ソ連はまだ受け入れていなかったが。
しかし原爆が戦争の区切りをつけたと天皇の意志とともに素直に認めたい。
原爆が残虐なのは事実だが、戦争そのものが残虐なのである。原爆ばかり突出させないで、その根源にまで議論を向けて欲しい。
原爆さえ使わねば戦争はあっても構わないではいけないのである。原爆がなくなれば戦争が無くなるのでもないのである。戦争を絶対にやるなということである。実現は不可能だろうか。

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