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2007年3月23日 (金)

尾道と金比羅

3月21日(水)晴
午前10時前婿の車で尾道に運ばれる。私の米寿の祝をやってくれるということで、子や孫全員が尾道の宮徳という割烹の一室に私の家内を含めて10名全員が勢揃いをした。
東京の娘らは夜行バスで今朝早く福山に着き、JRで尾道に移動し千光寺など参詣した挙げ句とあっていささか疲労の気配が濃い。東京の婿だけは仕事の関係で大分遅れて新幹線から乗り継いで到着する。
私としては長寿のおかげでこうした栄誉を受ける次第だが、正直な所この時期一番仕事の忙しい時期に集合させたことの申し訳なさもあって何となく喜びが沸き上がらない。従って場違いな”千の風”を朗読などして挨拶代わりとする。
何はともあれ全員が揃ったことは格別の嬉しさで、これにはお互い滅多に顔を合わすことの無いもの同士がそのアイデンティティを確認できたことで満足したことだろうと思った。
一番上の孫がこの6月結婚することになり、次女の方の孫たちはそれぞれ希望の学校に進学する。今後こんな最高の恵まれたチャンスには逢えないと思えることでも良かった気がする。
広島の婿らは会の終了後帰って云ったが、東京の婿ら一家とは尾道のホテルで一泊。
全く様変わりした港町や駅周辺を見回り、夜景を存分に楽しんだ。

3月22日(木)晴
午前9時予約していたレンタカー会社に行き、婿の運転で瀬戸大橋経由で、琴平に向い、家内が希望していた金比羅様に参拝する。孫たちは勿論始めてである。私は3度目だが、最近でも38年前だから記憶があいまいである。
長い石段はよく承知していたが、此の歳では流石に参る。やっと子や孫たちの声援で本宮までたどり着く。
38年前には奥宮まで1300段を登り切ったと思うが、今回はとてもそこまでは行けなかった。
あの時は元日で猛烈な混雑に人との接触に疲れ、家内は途中でダウンした。今回は左程の人出もなくその意味では楽なお参りだったのだが。
登りも息を切らしたが、下りは時間は短かかったが足のダメージは凄かったようだ。
琴参閣での温泉マッサージ効果もなく、一寝入りした直後猛烈な痙攣に襲われる。
息が止まる程だった。私の悲鳴に子も孫も驚いた風だった。
おいぼれはやはり無理は禁物ということだ。Onomitiharbar
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