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2007年2月24日 (土)

老人だけの天国か?

今から7年も前、パソコン通信のあるフォーラムに書き送ったことだが、同じ様なことが日々の暮らしに再現している。
やっと春らしい日が続くようになった。日当たりの好い私の部屋は正にこの世の極楽だろう。
散歩はおろか買い物のお手伝いにも出ずにじっとしていたい。
宮島の連峰、大黒神、那沙美、能美の島々、前面に横たう景色を飽かず眺め暮らす生活も満更捨てたものではない。
たまにこの部屋を訪れる、身内のものなど、良い景色だなあと感嘆する。
それほどにも思わないが、独り占めするには惜しい気がしないでもない。

生き残りはしたが、戦争で身も心も先祖の遺産も潰廃尽くして、戦後全く新しく出発し直しても、世の荒い波風は治まりそうにはなく、故郷を離れて転々とし、貧苦のどん底に喘ぎ、家族も巻き添えにして、只生きて行くだけの道のりを永い間辿った。

しかし終わりよければ全て良しで、このまま卒然と人生が終われれば全く云うことはない。
僅かな数の、子供や孫のことなど、気にならないと云えば嘘になるが、私の過去を思えば、幸福の度合いに天と地程の差がある。心配などすると余計なことだと誰かに怒鳴られそうである。

ふるさとの家を失い先祖の墓へは帰れないので、改めて自分の為に二十数年前28万円で町立墓地の一画を確保した。
4年前保険金が期日満期で思わぬ時に入って来たので、百万円掛けて自分の墓を建てた。
家を継ぐものは誰もいないだけに私と妻が入るためのものだ。弔うものがいなくなったときは、草蒸して市のご厄介になるわけだが、公共の永代墓地だけに一応は安心してよさそうだ。尤も死んだ後の事などどうでもよいのだが。

住む家以外に何もないのだから、ひと様のような資産がひとりでに生んでくれる様な利得は何もない。もっぱら年金だけの暮らしである。税金や掛かりはどんどん上がっているが、根こそぎ持って行かれるわけではないから、これまた心配することはない。怖いのは天変地異ぐらいだが、これは私らだけが蒙ることもないだろうから、憂慮の埒外である。
昔はこんな生き方があるとは、想像もしたことはなかった。
老いると待っているものは、世間から嫌われて、無気力に枯れ葉のごとく朽ちて行く。
祖父母や近隣の老人の姿を見慣れて、それが人生の成れの果てと真剣に思い悟っていたものだった。

ほんとに好き時代である。
しかし老人が増え過ぎ、若い者の負担が急増して、先行きを懸念する声が沸騰している。
私たち世代だけの好運かも知れないがと、ひそかに若い人たちへの感謝と引け目を感じながら生きていると云えば、言い過ぎだろうか。
Haka3

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