« 上京 | トップページ | 久井の岩海 »

2007年1月13日 (土)

文字と語り

今日の新聞の「記者手帳」というコラムを読むと,扱い難い若者の言葉について縷々述べられて居る。
そしてその扱いに頭を悩ましているとある。
私もささやかながらブログの仲間入りして、人のブログを覗いたり、トラックバックやコメントを頂いたりするが、往々にして若者らしい人のメールには解釈に苦しむ事がかなり起きる。
といって人生体験の少ないものの言葉使いを一々文句を云ったり、理解しようと努めても仕方がないのでは思ったりする。何時の時代でも、あるカテゴリーの中で通用したり,さしたりする言葉は発生するもので、歴史は繰り返している。
私などの若き日にはやたらアルバイトとかシャンとか聞き慣れん外国語をちりばめて得意がったものである。今では何でもない共通語になってしまった。
共感をもたれれば、いずれ万人の共通語となるであろうし、さもなければ間もなく消え去るであろう。
記者さんはすべからくそうした先端的な言葉に惑わされず、むしろそれらに解釈的表現を与えながら、万人に通用する言葉でまかり通って貰いたい。新聞は公器なのだから、あくまでも万人に理解出来る表現にしてもらいたい。特に外国語の乱用は避けて貰いたいし、出来たら面倒でも日本語の意味を付け加えてもらいたい。

一般大衆と呼ばれる殆どの国民は政府の発する公報すら、理解が出来ない場合が多いのではといつも感じているのである。
テレビなどの語り言葉では分からなくても用字や字配り或は懇切な説明で理解さすのが、文字を使用する新聞の存在意義だと思うのだがどうだろう。

|

« 上京 | トップページ | 久井の岩海 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/13473246

この記事へのトラックバック一覧です: 文字と語り:

« 上京 | トップページ | 久井の岩海 »