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2006年12月 8日 (金)

あれから65年

私の読んでいる中国新聞が社説に「愚を繰り返さぬために」と題して、日米開戦65年を回顧してその戒めを説いている。
もちろん無いよりは増しな論説ではあるが、何よりも残念なのは戦争の原因を他人事に考えていることである。
私から言わせれば、最も反省して欲しいのは、ジャーナリズムに繋がるものである。
いつも世論を引っ張るのは、この連中である。
軍部の強制、統制にやむを得なかったというかもしれないが、それは言い訳に過ぎない。
私達愚民は軍部に同調した新聞ラジオなどに乗せられ誘導されたのが、あの戦争だった。命を鴻毛の易きに置いて戦った。挙げ句の果てに戦後の疲弊、悲惨をまともに食らった。
愚を繰り返さぬためには、先ず新聞が率先して、自らを抛ってでも、戦争への傾斜を絶えず警告、反対してもらいたい。
通常新聞は巧言を弄しながら、権力者や財界強者などへ協力するものが多い。これがいつのまにかそれらを助長し、国を意のままにあやつることになり、悪く行けば戦争に向くことになる。

愚を繰り返さぬために、新聞は自らを律し、匡し、普段からいたずらな偏重を避けるべきであると思っている。

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