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2006年12月26日 (火)

抹殺された大東亜戦争という本

私も随分迂闊な男だと今更ながら反省しきりである。
昨年発刊された「抹殺された大東亜戦争」という本を本日手に入れて読み始めた。
私が戦場から引き上げたのは終戦の翌年6月だから、マッカーサー司令部によって、大東亜戦争の呼称が昭和20年12月15日に使用禁止されていたとは知らなかった。
私は勅令によって戦争勃発直後この戦争を『大東亜戦争と呼称す」と大々的に公式に報じられたことを知っていたので、帰還して後、太平洋戦争とか第2次世界大戦とか、新聞ラジオが呼称するのを訝しく思っては居たが、いわゆる思いつきの新聞用語だくらいに思って気に留める事もなかった。

この本を見ると、日本国民皆殺しにはされなかったが、有無をいわさぬ言論封じが行われ,自由とか民主とか口先だけでは鼓吹しながらも、言論機関は徹底的に勝者側の意向の下に封じ込められていた事が分かった。

軍事裁判なども、裁判官は全部勝者側で構成され、軍事裁判だからそれが当然だと疑問を持つ事もなかったし、日本軍では捕虜を軍事裁判にかけるなどという習慣そのものがなかったと承知している。不利な証拠は隠滅するのが勝者側の古来からの当然の論理である。
いわゆる弁護士側も、不利なる弁論は悉く封印削除されたようである。もちろんぼろぼろになったその速記録などが残されている事がわかったとある。

南京虐殺なども連合国側の特ダネを誇張して、読売報知新聞などに報道させたとの記載がある。
一方的な日本側の戦争犯罪だとの観念を日本人に植え付ける必要があった。
山下、本間などの将軍なども一方的な裁判で、部下の犯罪責任を問うというだけで死刑にしてしまった。
私も一時期山下部隊に所属した縁故があるが、戦場の名指揮官の名にふさわしい人望があった事を知っている。
A級戦犯にしても、果たして極刑に処するだけの、理由があったかどうか理解に苦しむところである。
だから私などは前々から、国民を代表して名誉の戦死を遂げられたのだと受け取っている。
靖国神社に祭られて当然との思いは、小泉首相と変わらない。

戦争犯罪とは何か、負けた側だけが罰せられ、勝った側の犯罪例えばソ連の捕虜シベリア抑留虐待、原爆による無辜の子供などの殺戮などは未だに不問に付されている。反対に満洲の毒ガスなどは未だに損害賠償などの対象とされている。
ハワイ攻撃も軍事地域を狙った純然たる戦闘行為である。米軍の無差別爆撃とは趣を異にしている。
今の日本人は贖罪意識に洗脳され過ぎている。戦争そのものは犯罪ではないことは世界人類の通念である。

私は日本ばかりが悪行を重ねたとは思っていない。国の存立を賭けて戦っただけだと思っている。今後とも国連はこの不合理を糾して行かなければ,世界平和は永久に実現出来ないだろうと思う。
イラクには自国の権益を守るための戦いはしたが、アメリカのいう様な罪はなかったことがよい例である。Img_0153

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