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2006年11月24日 (金)

ふるさと(5)

十二灯
いつか書いた十二灯のこと、一応どんなことか、うろ覚えだが、説明しておく。
小学生になると子供の役割として、大人の干渉の一切ない、地元の権現神社のお祭りの献灯の管理という仕事をしなければならない。世話焼きといって、一応高等科の生徒がこれになって指導に当たった。
十二灯とはローソク灯籠のことで、木枠の大きさは高さが約24センチ、底の部分が約12平方センチ、上の部分が約16平方センチといったところで、十二というのは元来十二個を竹竿に掛けて参道に建てたので、それが命名の起源らしい。
私の子供の頃は大凡部落の端近くまで延々と建てたので、50個以上もあったと記憶している。それでも十二灯と言っていた。

夏休みに入るとすぐ、十数人は居たと思うが集められてお祭りの寄付と称して、戸別訪問をさせられる。この灯籠に貼る紙を毎年のごとく買って来て、絵とか文字を書き入れるのが、先ず最初の子供の仕事だった。
毎日午後になると、引っ張り出されて、権現様のお堂の隅で、雑誌などを持ち寄って、ほとんど丸写しするわけである。
暑いときだけに、ヤブ蚊やブトに刺されながら、悪戦苦闘した覚えが深刻に残っている。
そして奇麗に貼り替えて、旧暦8月14、15日の祭礼に供えるわけである。

祭の夜は竹や筵で番小屋をつくり、よその部落からの襲撃に備えなければならない。もちろんイタヅラ半分ではあるが、壊されたり、焼かれたり、ひったくられたりするのを防がなくてはならない。
私が大きくなったころは、お互いに止めようやと話し合ってなくなったが、小さい間は結構悩まされ、怖い思いをしたものだ。

この権現祭が済んだ後も、町の鎮守の八幡宮の秋祭りの夜も献灯した。
この2度の祭だけの子供の仕事だったが、学校以外で子供同士のしきたりみたいな教育指導が行われて、徐々に社会とは何かを教えられた様な気がする。

寄付集めから始まって、買い物、資料集め、灯籠制作作業、修理補充、管理と単純な様でも、子供に取ってはひどく大変な仕事だった。

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