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2006年11月25日 (土)

ふるさと(6)

平家山
ふるさとの一番著名な山と言えば平家山だろう。
もう少し区域を広げれば岩国山や城山の方が有名なのだが、十歳前後の幼かった時の視点に合わせれば、あちらはふるさとではなかった。
うちの庭の如く駆け回った山野に限定すれば、やはり平家山だった。標高は百米ちょっとだろう。
小さいながらも峰の立ち上がりが美しく、一際目立っていたからだ。
すぐ背後の凹地を隔てて、私のうちの山が連なっていた。松茸がよく取れたので秋には大きな養蚕用の籠を提げて山に入ったものだ。又そのために松の下苅りは欠かせなかったので、山に登る回数は極めて多かった。
冬には下苅りしたシダや枝を燃料にするため持ち帰った。いはば我が家の年中行事の一つとも言えた。

直ぐ前の峰が平家山だから時に眺望の良いその峰まで登る事があった。
ある時母が「のろい釘」があるから行かない方がいいと私をたしなめたことがあった。
幼い頃だから暫くは何のことかわからなかった。
あるとき悪童仲間と平家山に登った時、年かさの少年が頂上の大きな松の太い枝の根っこを指差して、あるある、あそこに「のろい釘」がと言った。見上げると昔の鍛冶屋で作る大きな五寸釘が二本打ち込んであった。
なんだあれはと聞くと、女が他の女を恨んで、夜中の丑三つ時にこっそり山に登って、その女の絵に釘を打ち込んで呪い殺すのだという。こんな高い所に夜中にかと問うとそうだという。

ちょっと想像がつかなかったが、現実に釘が打ち込んであるので仕方がない。
薄気味悪い思いをして、それ以来は努めて登る事をさけることになった。
単なる昔話に過ぎないのだろうが、その後山火事があったりして、あの大きな松もなくなったし、実証出来るものはなにもない。
今は両親などの眠る墓地から、直ぐ前に聳える美しい山を眺める度にふと思い出す幼き日の記憶である。Heikeyama2
Heikeyama

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