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2006年11月16日 (木)

60年前の自動車

ふと思いついたから書くのだが、現代の自動車の性能の素晴らしさはなんとも誉める言葉に窮する。
それでもどこかの部品に欠陥があったから無償で取り替えるなどとメーカーから届けられる。

私は軍隊で自動車に乗ることを覚えた。自動車部隊に入隊させられたからである。
冬は零下30度になる満洲だから、当時の自動車は大変だった。肝心なオイルが凍結しそうなほど冷える。もちろん固体にはならないが、水の様な液体が飴のようになる。従ってクランクがその抵抗で簡単には廻らない。
無理に廻そうとするとすぐバッテリーが上がってしまう。だからエンジン始動には予めクランクを手動で廻して,飴状のオイルを緩解しなければならない。大体百回以上廻したものだ。

そして金属がやはり寒さによって脆くなり、車体バネがよく折れた。もちろん戦場では舗装道路などはないので、悪路を無茶苦茶に走り回る事が多い。ゆっくり車の事を思って走るわけにはゆかないのだから仕方がない。一作戦行動あると何十、何百も折れて修理に廻って来る。修理屋の私の隊は大忙しだった。
普通は部品をそっくり交換するのだが、数多くなると折れた部分だけ交換することになる。

こんなこともあった。ある時列を作って行進しているとき、前の車の後輪の片方が段々外側へ抜け出しているではないか。驚いて警笛をならし、停止させてみると、あわや車輪が外れて車は傾いてしまう所だった。車輪と車軸をつないでいるベアリングが壊れていたのであった。

ガソリンがつまってエンジンが停止する、パンクする、ライトがつかない、ブレーキが利かない、クラッチが滑るなど通り一遍の故障は車には付きものであった。だから終戦後車に乗る際はおっかなびっくりで乗っていたものだ。現在の様に修理の仕方も、パンクの取り替え方も知らないで済む様な車は想像もできないことだった。
パンクがしょっちゅう起きたなら、現状の様な女性ドライバーの普及はなかったであろう。

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