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2006年11月12日 (日)

ふるさと(2)


万葉の昔、ここ私のふるさとは静かな入り江をなした白砂青松の浜であったらしく、瀬戸内海を航行する舟人が船を岸辺に寄せて、その景観の美しさに見とれて幾多の歌を詠み感慨に耽ったとされる。
 いもが家路 近くありせば 見れど飽かぬ
 麻里布の浦を 見せましものを
は阿部継麻呂の歌とされ、ほか2首が万葉集に記録されている。

徳川時代、吉川藩がこの地に移封され、爾来農地を拡大するため、慶長十七年以来屡次開拓をつづけ、岩国市史によると二百町歩に達したとある。
明治以後は農地より、工場用地として更に干拓拡張が続けられ今日に至っている。

私の3代前(曾祖父)の清兵衛までは、この地で生活し、私が小、中学生時までは磯崎、水の浦などまりふの地名とともに、万葉集の風景を表した名称が継承されていた。
ただ戸籍などの公式地名では、小字に類するこれらの名称は、もう使われなくなっていた。
戦後の再三に亘る地域合併などにより、現在では完全に古い名称は廃れてしまい、古い境界線など捜す事も不可能だろう。
そうした意味では真のふるさとを尋ねるよすがもなく、その姿を想像する事すら困難であって、もはや夢想する以外にない。
僅かに古い写真や絵画など、想像を助ける資料がいくらか保存されていることは誠にありがたい。
先輩の山崎武夫氏の残した「ふるさとの歴史」なる一小冊子は、私には何にも変え難い貴重なる宝物とも云える。
その付表として添付されている1500年時代のこの部落の地図は、ふるさとを偲ぶ格好の資料である。
(写真は山崎武夫著「ふるさとの歴史」所載の地図のコピー)Iwakuni
Kantakuzu3

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