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2006年9月23日 (土)

国旗と国歌

東京の裁判所で国旗国歌を強制するのは憲法違反だと判決があったそうだ。
理由に戦争の時に利用されたからというのがあった。
この裁判官はちょっと勉強が足りないのではと思うので言わして貰う。

今の国歌、国旗は日本が国際社会に認められるために、明治の初年に国旗、国歌のない国は国とは言えないと、外国人からの慫慂もあって、作ったもので、何も今度の大東亜戦争のために、作られたものではない。だからそれ以後一貫して国民は強制される意識なく唱い繋いできた。今の憲法が出来たのと同じだ。
従って、私の生まれた大正時代は、国歌は小学校1年生になると、早速習って意味は分からずに一生懸命歌い覚えたものだ。又祝祭日には日の丸を、どの家も白黒の竹ざおの先に付けて、軒先きに飾ったものだ。

自由主義全盛の大正末期は、正に元禄時代の再来と思われる程文化の爛熟期で、巷にはモボ、モガが横行し、都会は歓楽の不夜城と化して居た。
そうした時期にも、国歌も国旗も別に文句を云われたことはない。

昭和になって、戦争に使ったという話におびれがついて違う歌、違う旗にしろというものがあるが、戦争のためにこの国旗や国歌が出来た訳ではないことは、勿論だが、戦争中に国中で歌ったり、国旗を立てて戦ったというのは、どこの国でもやることで、他に戦争用の国旗も国歌もないのだから、致し方がないことだ。強いて言えば海軍には軍艦旗というのがあったが、これは日の丸ではない。

戦争用の歌では、「露営の歌」とか、「海ゆかば」などが、一番よく歌われたが、この方が余程元気があって、戦う気持ちになれたものだ。「君が代」は悠長過ぎて、全然戦意昂揚の役には立たず、戦場では歌ったことがない。

国旗にしても、敵の目印になるものを掲げて、普段に行動するものはいない。特に目標の陣地などを占領したときには有り合わせの、白布に血で中に丸を染めれば出来ることだから、どこでもやっただろう。
こんな場合には日本ならずとも、どこの国でもすることである。米軍が硫黄島占領で押し立てた有名な写真もある。

国歌、国旗を戦争に結び付けて議論するのは、どう考えても可笑しい。
戦争に負けたのに、国歌、国旗が居残っているのが、可笑しいということだろうか。
しかし国民の大多数は現在の国旗、国歌を認めているではないか。
私はむしろ部落の人、親戚のものたちに、日の丸を掲げて戦場に送りだされた、故郷の駅頭での思い出が一番印象に残っている。このことが戦争犯罪に繋がると云うのなら何をかいわんやである。

私のように召集を受けて、本意でなく戦ったものも、今は数少なくなった。
一応戦争の災厄から免れて半世紀以上を経た。しかし戦争を知るものが、完全にいなくなった百年後、果たしてこの平和が続くであろうか。

私はノーと断言する。目立ちがりやの多いこの頃の風潮は、戦国の世と等しい。
又群集心理に動かされやすい日本人の特性は、危険の萌芽をいつも孕んでいる。
その時には是非別の戦意昂揚に役立つ国歌、国旗を作って戦って貰いたいものだ。
その時勝てば、フランスの国歌のごとく、そのまま国歌、国旗と居残ることだろうし、
負ければドイツのごとく、変更することになるのだろう。

今の国旗、、国歌は国際的に平和な日本国民のアイデンテティを表示する方法として永く定着している。他に方法があるというのだろうか。

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