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2006年9月24日 (日)

岩国関戸越え

昨日珍しく岩国市の関戸にある菓子屋さんに立ち寄って休憩した。
最近はよく通る道筋だが、立ち止まる事がなかっただけに、そこの風景の変わり様に驚いた。
ここは昔から錦川の洪水を調節する自然の遊水池であった。
吉川氏のお城のある城山を迂回して、河が大きく90度折れ、すぐ下流にかかる錦帯橋の下を真っすぐに流れる役割を担っていた。
いつの頃からか、河幅が半分近く狭められ、埋め立てられて広い開作地が築かれた。
大きな道路が2本もこの中を走っている。普段は頗る便利が良い。
すなわち山陽自動車道のICや新幹線の新岩国駅に最短距離で近づけるからである。
昨年だったか、万葉の昔から岩国山を越える難所だった関戸越えの道も、大きな高速道路になって大竹市に素早く通ずるようになった。
いずれも錦川の犠牲の上に出来上がった。

人によったら天罰と言うかも知れないが、つい先般の大雨でこの付近一帯は何十年振りかの浸水事故にあった。
私の妹の家も床上浸水にあい、家財を喪失した。
自然によってえぐり取られたカーブは、それ自体すでに危険地帯である。
それを狭める以上はしかるべく、土手を高くするとか川を深くするとか、対策がなくてはならなかったのではと思う。
吉川氏が対岸に竹林を育て、長い距離に亘って寝食を防ぐ処置をしている。数百年間の対策が実って、浸水は免れだったかも知れないが、浸食の跡は見えない。

錦帯橋ばかりに目が行き過ぎて、他をおろそかにしてはならないことを暗示している。Sekido

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