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2006年9月 4日 (月)

水死

夏休みも終わり、海水浴場も閉まるところが増えて行くことだろうが、相変わらず水死事故は絶えない。
一瞬の隙に襲われる事故だけにどうしようもない。誰しも死にたくて泳ぎに来たのではない。

私達の幼少年時代には、海水浴場なんてなかった。河や海至る所が夏になると子供の泳ぎ場であった。1米足らずの小川でさえ水深があれば、ばちゃばちゃやっていた。
だからひと夏には何人もの水死事故が起きた。昨日居た仲間が今日はいなくなったなど、ごく自然に起きた。
カッパに尻を抜かれるなどと大人に脅かされたりした。
それでも親が昼寝している間に抜け出して泳ぎに出かけた。

中学生になると、2,3キロもある海岸まで出かけた。水泳着なんてまだなかった。金つりという黒い三角の布が唯一の水着だった。これも小学生時代には無かったと思う、フリーチンだった。
海岸は護岸工事が延々と続いて、何段にもなった石垣の海岸だった。勿論そのまま飛び込み台になった。
たまたま干潮のときは、藻の中を魚を捜した。そして沖まで出て泳ぐという寸法だった。

プールは学生時代、学校のプールがあったが、部員専用で一般のものが勝手に泳ぐなどということはなかった。
禁則があったかどうかは知らないが、誰も近づかなかった。
人口のプールで泳ぐということは、子供が4、5歳の時、ある電鉄会社が開いたプールに金を払って入場し、子供を遊ばすために泳いだのが一二度あるだけだ。

四方海の日本だから、泳ぐのに不自由しない筈だが、今の環境はひどすぎる。
いつか海の水が恋しくなって、近所の海岸まで行って、裸になって水に浸かる段になって、岸辺によっている塵芥の凄さに流石にひるんだ。ちょっと足をつけただけで止めて帰って来た。
自動車で近所の海岸を走り歩いて、適当なところはないかと捜したがなかった。

ある新興住宅地の海べりの道に車を置いて、裸になり石垣を超えて海辺に下り、ぱちゃぱちゃやってると、すぐ数人の住民が怪訝な顔をして石垣の上から覗き込んでいる。これにはこちらが驚いてあわてる始末。

10キロも行けば、砂地の海岸がないことはないが、老人一人では気がさして入り込めない。直ぐ側の海が使えないとは誠に残念だ。
老いていつ死んでも構わないものには、せめてこの夏の様な暑い日には海にでも浸かりたいのだが、思うに任せぬこの頃ではある。

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