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2006年9月15日 (金)

蘇峰の日記について

昨日のブログで徳富蘇峰について煽動者の筆頭の如く書いたが、「終戦後日記」を拾い読みしてみると、彼が徹頭徹尾の主戦論者で、国の総力を挙げて戦わなかっのだから、勝つわけがないという。
今からという時に無条件降伏したとある。
輔翼する米内、小磯、鈴木の各内閣に戦う意志がなく、敗戦処理に終始したのだから勝てるわけがないというのだ。

総力を挙げて戦うとは本土決戦をいうのは明白だ。
本土を焦土と化し、国民の大半の血を流して戦えばの話である。
もちろん阿南陸相をはじめ、その主張をするものは多数あったが、及ばなかった。野に在って終始これを唱え続けた筆頭がこの蘇峰翁であった。
頑蘇と自らを号するくらいだから、その主張を覆す事は生涯なかった。

果たして、後年間もなくヴェトナムがこの言通り、国を焦土と化して戦いを完遂してのけた。
全力を挙げて来た米国の大軍を遂に退けたのである。
ただこの時は米ソ対立と、中国も共産化して、協力を惜しまないという幸運に恵まれたという経緯があった。
更に原子爆弾を使うのは、もう国際世論が許さなかった。

日本の場合は、その望みもなく、米、英,ソ、中の腑分けにあったことだろう。
天佑神助を期待するには、タイミングが悪過ぎた。
結果論で物を言う事は避けねばならないが、現実に起きた事が最善だったと自分を納得さす以外にない。

ただ、戦争の遠因は文中で縷々述べられているごとく、17、18世紀の西洋各国のアジア侵略にあるという論議は異を唱えるものは居ないだろう。
又米国のABCD包囲網が日本の死活を制するものだっただけに、戦いに追い込まれざるを得なかったという論も頷ける。

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