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2006年9月22日 (金)

北政所

先日NHKで放送された「その時歴史が動いた」で北政所おねさんのことをやっていた。
なかなか面白かった。私は昔からねねさんというのだと思っているのだが、いつのころからかオネが定説になったようだ。
まあともあれ大分以前から、豊臣時代を築くのに貢献した加藤、福島、浅野、黒田などが、石田三成と仲が悪かったとはいえ、なぜ徳川と結んで、遂に豊臣政権を倒す事になったか、関心を持っていたし、「北政所」(津田三郎著)なる冊子を求めて読んだ記憶もある。ねねさんの一代記の様な本であるが、現にどこかの片隅にその本がまだ残っているはずだ。

その冊子の中でも、秀吉亡き後ねねさんが大阪城西の丸を徳川家康に譲って京都に引っ込んだ後、機嫌伺いに、ちょくちょく訪ねて来るこれらの武将たちの日誌風な記録が出て来る。家康も何度か訪ねて来たとある。
特に関ヶ原の直前などは挙って訪ね、ねねの存念を確かめたであろう。
赤ちゃんの時からねねに育てられた秀秋(ねねの甥)の裏切りの原因はねねの使嗾によることはもう間違いない所のようである。
わっぱの時からねねの手元で可愛がられた福島や浅野、黒田などが徳川のために働いたというより石田憎しで先頭にたったのも、その底辺にはねねの提言が色濃く残っていたと思える。

北政所と淀君の表面には見えぬ確執が遂に豊臣政権をつぶしたとも言える。
げに恐ろしきは女の執念である。

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