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2006年8月31日 (木)

懐かしい湖南省

戦争は悲惨である。
が、今そのことを云々する気持ちはない。

私の終戦直前昭和19年−20年に参加した戦場は中国湖南省、広西省だった。
作戦期間は19年5月から翌年8月まで、捕虜期間20年8月から翌年6月までの殆どを、前記の土地で過ごした。

だから私に取って肉体的にもっとも充実していた20歳代中期を過ごした場所だけに記憶に残り、記録しておきたいことも多い。
湘江の夜間の渡河は任務とはいえ身震いする程の怖さがあった。敵の空襲下無灯火で,滔々と渦巻く大河に、揺れ動いて浮かぶ車両一台やっとの艀に車を乗り込ませて、全車両を次々に渡すのである。もう手に汗を握るなどという表現は当たらない。艀に自動車を載せる操縦手は特に優秀な運転手に交代勤務させた。他の部隊のもので転落させたのを何両か見たものだから、自他ともに自信の持てるものでないと勤まらない。
飛行機が来る度に、渡河点から一時退避する。これが又大変だった。闇夜の鉄砲で滅多に当たりはしないが、威嚇は充分過ぎた。
積載貨物は一時降ろして、上陸と同時に積み戻すのだから、時間もかかる。大部隊だったら一晩では終わらない。
私も2日程待たされたと憶えている。待つ間に、近所に落花生の畑があったので、兵隊が掘って来てまだ熟れていない実を、殻ごと煮て毎日食った覚えがある。落花生を炒らないで食うなど、生まれて始めての経験だった。

湖南省の平野は、日本の農地とそっくりで行軍中絶えず故郷を思い出した。長く満洲で暮らしたので、異境にあることを忘れて、ただ懐かしかった。

帰路湘江沿いに下って汨羅について、日本の無条件降伏を知ったのだが、そこから岳陽まで大きな洞庭湖を横目に眺め過ぎた。普段は3000平方キロの面積だが、雨季になると20000平方キロにもなるという、大湖水である。海と見間違っておかしくない。湘江のような大きな河が4つも流れ込むというのだから大きかったわけだ。

湖南省のこうした風景はなんとも形容し難い雄大さであった。
「両湖熟すれば天下足る」と古来称されたといわれる、豊穣の土地であった。
住民も親しく接してくれ、忘れ難い思い出を数々残してくれた。
戦い終わった後、日本に帰らずにこちらで暮らせと勧めてくれたのもこの地の人々だった。
南岳の麓近く,生を終わるにふさわしい土地柄だったと記憶が生々しい。

湖南省は今テレビ業界の先進地として、中国をリードしているらしい。
毛沢東をはじめ古来から文学者、政治家の著名人が多い土地でもある。満ち足りたところだけに文化の発達も他に抜きん出ていたのかもしれない。
Konan_5

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