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2006年8月23日 (水)

死を待つ日々

もう大分前の事になるが、といっても80歳になる直前だから,直ぐ前といってもかまわない。
反省の日々と題して、通信フォーラムに投書したことがある。
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何度も死んで当たり前の状況の中を今日現存していることは誰のお陰であろうか。

戦時中のことはさておいても、戦後まだ車もほとんど走っていなかった頃、ここ広島のマツダ(当時東洋工業)が始めてクーペという軽の四輪車を売り出し、友人が買ったその車で、北海道の登別から洞爺湖近辺を無免許で走り回ったことがあったが、今考えると対向車がなかったから大丈夫だったが、乱暴なものだった。

昭和40年代の後半から九州各地に小さな店を出し、その用件もあって、これ又マツダが世界に先駆けて発売したロータリー車サバンナを買って走り回った際など、その走りの良さから、何度もパトロールカーの御厄介になり、又危機一髪の危ない目にもしばしば遇うことになった。
万一死んだりした際の準備にと、当時出来たばかりの掛け捨ての生命保険にも加入して(保険料が大体10倍だったか)、まさに命がけの生活をしたものだった。

ここまで来ると生きるのも楽しみ、死ぬるのも又楽しい気がして、徳富盧花が「土の上に生まれ、土の生むものを食らうて生き、而して死んで土になる。我らは畢竟土の化け物である」と云ったが、素直に死に直面してゆく野生動物達同様、ばたばたしても始まらないと反省しきりの今日この頃である。
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こんなものを読むと格別反省している様には見えない。 
大体80歳まで生きて反省しても始まらない。黙って死んで行けば良い。
あれからもう6年も経つ。運命の神様任せだが、寝たり起きたりの生活では、神様も始末に困っておられるらしい。
しびれを切らしたわけでもないが、来年まで生きたら(鬼が笑うが)親族だけにお別れの会をやるからと宣言した。
うまく行くかどうか先のことだからわからない。 

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