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2006年8月 7日 (月)

通信フォーラム

1997年の12月8日、誰に聞いても、新聞やテレビを見ても、今日が何の日か知らないし,書かないので、腹立ち紛れにniftyの日記フォーラムに投稿したのが最初で、人目をはばかって「老人のつぶやき」とした。
もちろんおっかなびっくりの出だしだった。手紙やビジネスもしくは日記以外に文書を書く経験の無い私には、ましてや文書を公開するなど恐れ多かった。
ただ反響がすぐさま飛び込んで来た。

「12月8日という日がどんな日であったのか、
思い出すことができました。
8月のいくつかの日と同様に、いや、もしかしたら
“始まった”日の方が人々の記憶に残されるべきものかも知れません。
語り継がれるべき日の貴重な情景を有り難うございます。」

「 遅くなりましたが、貴重なお話、ありがとうございました。
「そう言えば真珠湾攻撃のあった日だったんだね」と、夫とも話してました。
でも、何て言うか「こういう日だね」という以上の感慨は無くて、
こうやってだんだん戦争に対する恐れや実感が薄れて行くのかも知れないとか
そう思うと、年をおう毎に鈍感になって行くようで、そんな自分が悔しいです。

戦争は知らないけれど、子供の頃、広島で育ったので、戦争の愚かしさを
間近に見たり聞いたりする機会は比較的多かったのですが...。

全ての悪夢はこの日から始まったんですね。
どうして始まったのか何がいけなかったのか、もっと考えなければと思いました。

貴重なはたちの時を、そのように過ごされた方もいらっしゃる事、
忘れないようにしたいと思います。
私の大切な家族や友人に同じ経験をさせたくないですから...

どうぞ今後もお体大事に。
そして、また機会があれば、知らない世代の私達に色々お聞かせ下さい。 メリー」

「 こんにちは。

 読みながら涙が出ました。

 教えてほしい出来事。

 忘れてはいけない出来事。

 胸が痛くなりました。

 また、お話聞かせてくださいね。

    コイヌ。        」

文章は拙でも、事実は何より尊いことは万人の認めるところ、そうだこれだと思った。
爾来文言や言葉使いに苦労しながら、思い出し思い出し実体験を基に書き記して来た。
以後「老人のつぶやき−2」「老人のつぶやき−3」などと継続を意思表示して番号を打った。
2000年12月12日「大東亜戦争」が「老人のつぶやき−100」となった。
もうよかろうと筆を折るつもりになった。

この間、1998年12月8日には朝日新聞が、日記フォーラムの戦争関連の投稿記事を数点転載するなどという反響が起きたりした。私の拙文の一部も掲載され、当時在京の娘が新聞を送って来たりした。
が、時代の趨勢は早くとどまる事はなかった。
ほとんど思い出しては時々投稿したが、もうこの頃はホームページが忙しく、その方に皆関心を奪われて反響もなくなった。
niftyも次々フォーラムを閉鎖し、私の関係していた、『歴史フォーラム」「山陽山陰フォーラム」など次々に閉ざされた。日記フォーラムも2004年11月末にて閉じる旨予告があった。
そして2004年10月31日の投稿で私も終わった。

私の最後の辞を次に記すことにする。
「老人のつぶやき-111
日記フォーラムはちょくちょく拝読してはいるのだが、投稿は2001年4月30日を最後にご無沙汰している。
私が同じことを途中から始めた、ホームページに再搭載することになにか良心の呵責めいたものを感じて来たからである。
ホームページは極めて間遠い搭載であり、爾来続けてはいるが、あまり見ていただけるようでもない。
もちろん一般受けを狙っているものではないから、それで十分満足している。強いていうなら退屈の暇つぶしに過ぎないからである。

老人のつぶやきは結構コメントをいただき、時には返事に窮することもあったりした。だから張り合いがあったのかもしれない。
この11月末でフォーラムが閉鎖されると知らせが出された。
閉鎖となるとやはり名残惜しい。私はこのフォーラムをきっかけに戦前戦後フォーラム、歴史フォーラム、メローフォーラムなどに投稿させていただいた。

たまたま今度戦前戦後フォーラムの主催者たちが、投稿文のうちで後世に残したいと、拙文数点などを、「語り継ぐ戦争の記憶、昭和の声」というホームページに収集掲載された。
この中には「老人のつぶやき」に連載したものが数点多少編集し直してはいるが、改めて登載されている。
暇に任せて記憶を書き記したものが、いくらか世の中のお役に立つのかなと思うと満更でもない。

確かに戦後60年も経ち、数々の記録が残されているが、庶民の生の声も資料としては大切なものである。
「語り継ぐ戦争の記憶、昭和の声」は投稿希望者を歓迎している。フォーラムを足場に数々の足跡を残しておられる先輩諸兄の声も是非その資料に付け加えていただきたいと痛感しているものである。
長年日記フォーラムなどが記録を重ねて来た庶民の声は皆捨て去るのは惜しい。
その思いを「老人のつぶやき」の最後の言葉としたい。」

ナンバーを付したもの111編以外にも5編あるから116編が私の記録以外は忘れ去られることだろう。
いや読者のなかに、『老人のつぶやき」をxmlに書き直して、せっせと記録保存しているという、シンパも現れたことがあった。

私に取っては今書いているブログはこの亜流にしか過ぎない。

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