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2006年7月13日 (木)

深夜の朗読

『メンテナンス中です。
2006年7月11日(火)14:00?7月13日(木)14:00に
ココログのレスポンス改善のためのメンテナンスを行っております。
詳細につきましては、お知らせココログをご参照ください。
ココログをご利用のみなさまには大変ご迷惑をおかけしまして
誠に申し訳ございません。』
ということで、以下のブログは1日ずらして読んでください。

昨日の深夜午前0時半頃「蝉しぐれ」の朗読があった。松平定知アナウンサーの重厚な響きが耳朶を打った。
65回目だそうだが、何時の頃から聞き始めたか覚えがない。
最近は楽しみにして月曜日の晩は早く休んで夜中に起きて待つ。

本も何度も読み返したし、テレビドラマも録画して何度か見ている。それでも面白い。
たかだか10分位の時間だが、凄い充実感が残る。名作名演と言うべきか。
後5分位延ばして欲しいのだが、延々と日を重ねても時間はそのままである。
アナウンサーに事故が起きても困るし、こちらが命脈尽きても心残りだし、今クライマックスに達しているので、残り3分の一をなんとか心静かに待つとするか。

森繁久弥の日曜名作座はもう国宝級とも言うべき朗読だが、それに続くものと言ってよいと思っている。
私は小学校に入る前から、小さな豆講談本を朗読していたことを憶えている。
当時は老人が歌うがごとき調子で、手紙や本を読んで聞かせてくれた。それが子供心をいつも揺すり続けた。
その真似をして成長した。小学校でも朗読の時間があったが、いつも一番早く朗読を終わり、他の子供から文句を言われ、実証してみせて黙らした事がある。
先生からクラスの独習時間に朗読指導を任せられたこともある。
当時はすらすら読み下す事に意義があったようだが、しかし内容が相手に分からなければ意味が無い。
正確流暢な発音と臨場感ある表現が重要な事は今も変わりはない。

深夜だから聞く人は国民の1%にも足りないだろうが、惜しい事だなあといつも思っている。
もう永い間、聞くだけの毎日で、声も出ないし朗読を続ける気力体力もなくなった老人だが、こんな立派な朗読が聞かせてもらえることは凄く嬉しい。

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