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2006年7月19日 (水)

おっちゃんの不思議な想い出


先日のブログで書きながら気づいた事がある。正木よしお即ちおっちゃんのことである。(”お”にアクセントがある。)
あの中で書いた様に、彼は小学校高等科を卒業して就職、私は3年後進学の道を行き、何年も郷里から離れた。
当然お互いが交わる機会はうんと減っていた。
しかし彼は私がうちに戻っている時、飄然と私の前にしばしば現れた。
私の記録している日記にも、忘れて思い出せないものが度々出て来る。
専門学校1年のときの夏休みに、自分のものでもない他所のダブのポンポラを揚げて、二人でうなぎを取ったなど全然覚えがない。しかし自分の日記にちゃんと書いている。
泥棒したことである。焼いて食べたのであろうか。そこまでは書いてない。

正月休みにはよくやってきたことは憶えている。彼だけでなくその他の滅多に来ない友人たちでもよく訪ねて来て、友人たちの鉢合わせになったりした。田舎の事だから人恋しいのである。
昭和15年の元旦に新天座に映画を見に連れて行かれた。何を見たかは書いてないからわからない。しかし彼は給料取り、私はまだ学生、当然かれのおごりだろう。

現在の様に電話や携帯などという便利の交際手段はない。手紙は返事を聞くまでには1週間以上掛かって間に合わない。いきおい訪ねるのが手っとり早いというわけである。

私自身も良くちょろちょろして、結婚した後でも正月3ヶ日はおろか、4日も5日も,家庭を顧みず家内に泣かれた覚えがある。ちゃんと日記に書いている。

彼は春休み、夏休みなどによく現れた。
しかし昭和15年も暮れに、軍隊に入るため1週間前に満洲から帰郷した年末31日に彼が私を広島に連れ出し、自分の職場まで案内し、初日の出を宮島の弥山頂上で拝もうと、引っぱり歩いた行動はどうしても不思議である。
もちろん家族には私の帰国を知らせていただろうから、そちらから情報を入手したのであろうが、広島に通っている身でいつ知ったのであろうか誰に聞いても分からなかった。

彼も最後の別れなどとは思っていなかっただろうし、原爆など考えた事もなかっただろう。
小さいときから肉親の如く育んだ私への思いがそうさせたとしか思い様がないし,霊感などというものが働いたのであろうか。

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