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2006年6月18日 (日)

忘れないということ

今忘れ得ぬ人々と題してブログに書いているのだが、今の所亡くなった方ばかりを対象にしている。
その他にこれは「忘れ得ぬ」でなく、「忘れない」になると思うのだが、父母兄弟姉妹そして祖父母伯父伯母などの身近にいたひとびとはいつも心の片隅に生きている。もし書くとなれば別槁になるだろう。

思い出に耽ることは、若い人に誇れる?老人の特権だと思うのだが、これしか生き甲斐のないのも、私の様な老さらばえた人間の残された道だともいえる。

忘れるということは、新しい古いに関係はなさそうだ。昨日今日のことでも直ぐ忘れて思い出せないことはしばしばだ。未だ若い家内なども良く忘れる。特に置き忘れなどは激しい。私は置き忘れはあまり無いのだが、聞いた事などは直ぐ忘れる。

そこへ行くと、今ブログに書いている人たちとの交流などは不思議な程憶えている。もっとも日記に書いているからでもあるのだが、日記の効用は今更説くまでもあるまい。やはり普段から心にかかった物事は書くという事で印象が深くなり、忘れぬ意識に繋がるわけだと思う。

ただ頭の中で憶えているというだけではいつかは忘れるだろうし、コンピューターの様には行かない。コンピューターでも故障も起きるし、うっかり消滅さしてしまう事だって度々ある。紙に書いても何時間違って捨ててしまうかもしれない。ことほど左様にわすれないということは大変な事なのだ。

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