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2006年6月30日 (金)

忘れ得ぬ人々(17)

斉藤七郎君
山口に居た3年間、共に一番よく遊んだ友達だった。
中市に旅館を経営している家の息子で、おっとりして気の優しい、余り勉強はしない男だった。
彼の家が街のど真ん中にあり、その一角に彼の家の貸家の昭和という喫茶店があった。もちろん目抜き通りに面していたし、主にクラシックを聞かせる店で、学生には人気があった。
試験のときなど、11時を過ぎて(かんばん後)斉藤君の庭を抜けて裏から入り、音楽を聴きながら勉強したりしたものだ。
どちらかというと無口な方で、趣味は無いに等しかったと思う。人が喜ぶ方について喜ぶと言った感じだった。
夏は椹野川まで行って泳いだりした。椹野川名物の蛍狩りは最初は彼の案内だったと記憶している。

軍隊に入って彼が同じ部隊に居るのに驚いた。他にも6名同級生がいたのだが、他の連中はほとんど満洲の会社に勤めていたので早くから知っていたが、彼は入隊してから始めて居る事を知った。
相変わらずのぼんぼんで、軍隊が好きなわけが無く、幹部候補生は志願しなかったと聞いている。
だから、中隊は違うし一度も会う事はなく、そのうち私が東京の幹部候補生学校を終えて帰隊してすぐ他の部隊に転属させられたりしたので、その後の彼の消息は知る由もなかった。

後日風の便りで彼も他の部隊に転属させられたとも聞いていたが、戦後仕事の関係で山口で1泊しなければならなくなり、斉藤旅館に泊めてもらった事がある。そこの人に聞いた所戦死されたと聞いていますということだった。
戦死とは輜重隊では珍しく、体格もよい呑気な彼がどうしてと思ったが、嫌な軍隊で生きる意欲を失ったのかも知れない。
学校の名簿でも削除されており、永らく思い返す事もなく、非人情に過ごしていたが、最近の会報を見ると、彼の姪御さんが卒業アルバムを学校図書館に寄贈された旨、記事が載っていた。それを見た途端、彼の母校を愛する魂は生きていたんだとショックを感じた。
Ssaito

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