« 南瓜 | トップページ | 忘れ得ぬ人々(15) »

2006年6月27日 (火)

戦前青年の視点

最近のドラマなどの筋立てを見ると、私達の世代の戦争前後の表現に不可解なものが多い気がする。
もっともその時代に生きた作家がつくるのでないから、江戸時代や戦国時代の描写と同じく、作家の考え方でいろとりどりの解釈が出て来るのは仕方がない。
ただ前の大戦は半世紀少し前である。生存者は数百万人もいる。作家たちも自分の一念だけで書かないで、経験者からよく聞き取りして書いたらと思う事が多い。

二十歳になったら、軍人にいやでもならされる。これは明治以来厳然たる日本国民男子の義務だった。
国を守る意識の上で戦争は明らかに男子の役割とされていた。(事実はこの大戦で完全に覆されたが)
その上昭和6年以降戦争が続いていたから、軍人である以上死に一番近い事を覚悟しなければならなかった。
だから男も女もこの兵役が前提となって、結婚を考えた。
特に男は99%兵役を考えていたと思う。仮に病気などで兵役を免れても、それでは結婚もためらうのが常識であった。
もちろん男女の中だから恋愛とか交際などは当然起こりうるだろうが、先を急ぐ事情を持つ家庭以外は兵役が済んでから嫁を貰うというのがしきたりになっていたと思う。

私は中学を卒業する直前、近所に住んでいた再従兄弟が白木の箱で帰って来た。やんちゃな一人息子で、兄貴的存在だったが、よくいじめられたり、可愛がられたりしたものであった。いやでも深刻に受け止めざるを得なかった。

後3、4年もすれば、ああなるかもしれないと予感がしたものだ。
死ぬる前に出来る限り好きな事がしたいと凄く思う様になった。
上級学校に行くのも、先生や親などの意見は聞かなかった。
学生生活も自分の意志でかたくなに行動して親を怒らせた。
就職も満洲に行く事を一人で決め、親は勿論叔母たちの反対を無視した。
入営直前には1週間上京して宮城周辺をさまよい歩いた。陛下との別れのつもりだった。ひとかどの忠臣気取りだったかも知れない。
だから戦場ではことさらに身を危険に晒して、死をおそれるなど感じた事もない。
海ゆかばを歌い、昭和維新の歌を高唱し、自らの士気を鼓舞するとともに兵にも強要した。

郷土には幕末以来無数の、死地に身を投じ、或は義を重んじて自ら刃に伏した若者たちがいた。
私も先人の意志に共鳴しつづけた。
若気の至りというのはこのことを言うのだろうと、後によく分かった。

少なくとも当時は徴兵検査、兵役2年以上を先ず考えて青年期を通り過ぎた。
命を掛けて戦う意志だけは皆持たざるを得なかった。
今の若者と同列に考えて貰っては困るのである。男の社会でのと但し書きをつけなければならないかもしれないが。

|

« 南瓜 | トップページ | 忘れ得ぬ人々(15) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/10695654

この記事へのトラックバック一覧です: 戦前青年の視点:

« 南瓜 | トップページ | 忘れ得ぬ人々(15) »