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2006年5月 8日 (月)

広東橋の一夜

戦争末期、もう退却しかないなと自覚していた当時、中国湖南省でも最南端に近い祁陽の山茶花畑の中に、隊の全車両を秘匿して、8月4日頃から駐留中だった。 連日空襲に来る敵機が珍しく現れないなと、住民から購入した豚一頭を調理して60名の隊員に食わしていたときである。 珍しく本部から伝令が、隊長集合の命令を伝えにやって来た。すぐその後について本部に行った。 部隊長命令は「戦争は停戦された。部隊は所期の目的地長沙に向かい、昼夜に関係なく速やかに前進する。各隊は各々妨害する敵あらば排除して前進すべし。」というものだった。時正に昭和25年8月17日だった。 翌早朝出発して約300キロ走り、元方面軍司令部のあった衡山に宿営するつもりだった。 この方面の輸送を受け持っていた時度々訪れた事のある、山紫水明の地であった。 到着時は夕刻に近かった。すぐ市街入り口の路上に停車し、指揮班長以下3名に偵察を命じた。 まもなく伝令兵が転がる様に走って帰り、警備隊が敵と交戦中と伝えた。 直ちに戦闘準備を発令、半分を指揮して、街を包囲する形で前進、発見した敵に猛射を加えた。 敵は間もなく撤退を始め、後背の山の斜面に向かって逃走するを一斉射撃を食らわせる。 警備隊は若い見習士官以下数名で幸い負傷者はなかった。 独断で撤収を促し、所属部隊まで伴った。 このためここに宿営不可能となったので、部下の勧めもありまだ80キロも先の、昨年前進途次約4ヶ月駐留したことのある広東橋まで行く事を決意した。 この広東橋については私のホームペー ジ "http://homepage3.nifty.com/hatukaiti-viefo/" の「私の軍隊生活・捕足2に詳記しているところだが、この帰路立ち寄った時発生した事は未だに本当だったのか、夢を見たのと違うかという気がするほどだ。 真夏とは云え、もう9時は過ぎていたであろうから、山間の部落は真っ暗で人の顔も定かには見えないのに、駐留当時親しくしていた現地人にいち早く連絡した兵隊がいたらしい。 いつものごとくテントを張って、正に休まんとしていた時、がやがやと数人の現地人が兵隊に導かれて私の所へやって来た。いまからご馳走するから来てくれというのだ。 有り難う、疲れているし、もういいよと断ったが頑として聞き入れてくれない。 指揮班長に後を託して、伝令など3名ばかり連れ、不承不承彼らの誘導する所に向かった。 彼らとは非常に仲良くやっていたと思っていたが、若干の疑心もなきにしもあらずで、油断は出来ない.敵国人であることは紛れもないのだからと身構えて着いて行った。 私の知らない長老らしい人などもいたが、ほとんどが何がしかの関係を持った連中たちだった。 急遽豚を殺したのかもしれないが、生肉など彼らもあまり食わないのではないかと思われる珍味を、山の様にして差しだし、さあ食えという。 一杯一杯飲み干す先方の作法に着いて行けず、悲鳴をあげるうちに、彼らは静かに語り始めた。 日本は既に戦争に負けて、連合軍が日本を占領している。あなた方の家族は殺されたかもしれない。あなた方が帰るところはもうないだろうという。 いや戦争は終わったけど日本が負けたわけではない。と、もちろん反論に勤めた。しかし彼らは沖縄、硫黄島など米軍に取られて、無条件降伏したのだと、こちらが知らない事をよく知っていて、対抗出来ない。 自分らが何としてでも守るから、部隊全部がここに残れと、異口同音に叫び出した。 とんでもない、馬鹿をいうな、日本軍と中国軍とは違うんだと席を立ち、一応馳走と好意に対する謝礼をしてながら別れた。 しかし彼らのいうことが本当であった。翌日長沙に入るとすぐ武装解除が言い渡され、無条件降伏したことを告げられた。近代式の連絡手段を持たないと思っていた彼らの方が、情報網は私たちより遥かに上だった。 それにしても、あの部落民ぐらいで、70名ばかりの部隊を養うなどという言葉が出されるであろうか。大きく見ても花咢郷一円で日本の一郡にしか過ぎない。 1年前に隣の花石県の県長の使いというのが数名で来て、宣撫をして欲しいと頼まれたことがある。 彼の国では政情不安が激しいので、こんなことが習慣になっているのかも知れなかった。 清国末期に軍閥が割拠して、滅亡の原因になったが、中華民国といえども当時は軍閥の大物に過ぎなく、民衆に苛斂誅求を加える中間層が数多く存在し、良民は困苦を強いられていて、私たちの方が未だましだと思われたのかも知れない。

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