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2006年4月22日 (土)

古稀の歳

古稀の歳
1990年(平成2年)が明けると、古稀と言われる年齢に達した。しかしこの分ならまだ生きられるなと予感した。

2月から3月に掛け、屋根の葺き替えや駐車場、階段回りの整備など、家の大改造を実施する。
一応建物のメーカー積水からの紹介でその特約店だから安心して任す。

11月には横山夫妻と私ら夫婦共々日中友好協会のツァーに参加して上海、蘇州など一円を6日掛けて旅行をする。
上海復旦大学の学生が観光客の一人一人について案内してくれて、行く先々では説明付きで有り難かった。
ただ、宿の設備が悪く、というより管理が悪く、作業員が来てくれても言葉は通ぜず、復旧も出来ず往生する。
街は交通整理のない、人や自転車の洪水で日本と見比べてその差のあり過ぎに唖然としたが、その後何度も訪れた今日の中国とは全く比較にならない。

九州や東京などあちこちよく旅行した年でもあった。興に任せた旅で苦痛など何もなかった。

8月にカシオのワープロを購入して、本格的に我が家と我が店もその利用の道に進んだ。
説明書と首っ引きで誰の力も借りることはなかった。その後2年後に上級機に、その翌年にはパソコンへと進んで、パソコン通信からインターネットへと、独学で今日に至った道のりは楽ではなかったが、70の手習いで、われながらよくやったなとの感慨が深い。

年の暮れも迫った12月30日、これが最初で最後になった次女の嫁ぎ先の母御が婿に伴われて私の家に来て、年末年始を過ごしてくれた。お見せする所は何もないうちで、満足して頂けたかと未だに気になってることである。
5年後に亡くなられたので、話を聞く機会は永遠にない。

まだ現役でほそぼそ事業を続けてはいたが、欲得は度外視して、好きなことをやるという年齢になったことを痛感していた。
永年の物質的、精神的苦労はもうすっかり忘れ去った。
だから人生が俄然面白くなった時期でもあった。今五体健全でおられるのもそのせいであろう。
Kanzanji
Niou
Reien
Tayhouden
Yoen
In_yoen

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