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2006年3月23日 (木)

タイムリー

昨日のブログを書きながら思い出したことがある。仕事をやってもうまく行ったためしがなく、寿命運ぐらいしか運の良くない私でも、ある時凄いタイムリー打を放ったことがある。

もうあれから40年にもなるだろうか、ある会社で勤務しているとき、その取引商社からイタリーで今凄く人気化している自動ドライクリーニングという商売がある。その機械を輸入するから販売しないかと云ってきた。

日本でもコインドライなどと云う言葉をちらほら聞き始めた時だったから、その親玉の様な機械だし、従来からの専業の業者でも省力化出来るし、買ってくれるのではと社長の決断で扱うことになり、早速担当を命ぜられた。当時数百万円もする高価な機械なので最初は大手のクリーニング業者ばかりが販売目標だったが、これは面白いぞと気付いて買ってくれた若者たちがいた。そして繁華街のど真ん中に店を張り、30分ドライと銘打って宣伝を始めた。これが恐ろしく当たった。

主客は、繁華街のことだから、勤め先に通い、毎日着替えに忙しく、といって当時のクリーニング業は集配が主体だったので、それを待ってはおれないという、そこらに立ち並ぶビルのOLさんたちだった。それに料金が半額という宣伝文句に釣られた一般主婦が混じって、何町もつづく行列が出来た。

機械を売り込んでは据え付け、試運転に立ち会いながら、津波の様に押し寄せる客のフィーバーぶりに驚いて、内心密かに私も期するところがあった。何より前金を取っての商いは魅力であった。永年どの商売でも、貸し倒れにはどれほど泣かされて来たかを思うと神の啓示を感じた。(私には生来金銭感覚に抜けた所があるらしく、懲りずに何度も騙され続けた)

十数台売った頃、社長に会社を辞めて自分(無一文の私が)でやりたいから、やらしてくれと頼み込んだ。同じ気持ちを抱いていた社長は、いずれ自分がやるための試験台となるならと、一緒に店探しをしたりして、敷金まで立替えてくれるなど積極的に応援してくれ、日ならずしてこの道に飛び込むことになった。50歳近くなっていたのでかなり大胆な決心だったが、家族のものも私のいつもの遣り口に慣れていたらしく、決めてしまったのなら、もう仕方がないと諦めてついて来た様だ。

何度かの失敗で、先祖の財産をかけらも残さない私の起死回生の一手であったと、今自分ながら戦慄の思いで思い起こしているところである。

僅かに3カ年半の事業だったが、実に良く働いた。というよりお客に働かされたという方が当たっているだろう。3日連続徹夜で機械を動かしたり、連日他の店のクリーニング師を夜間パートで働かせ、夏の2ヶ月間とうとう風呂屋に行く時間がなく、水を浴びて済ましたりして、未だに我が家の語り草になるほどである。

4年目にかかって一切の借金を解消し、これからと云う時に家内が過労でダウンした。
命あっての物種と事業を手放した。
しかしこのタイムリーな一手こそが悪運に泣いてきた私に、今日の胸を張って幸福と言える生活をもたらしてくれたと信じている。
japan_dry

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