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2006年3月17日 (金)

戦後始めての社員旅行

終戦後しばらくは、駅の職員が職場に働きかけて、社員旅行を勧誘して歩いたものだ。
それに乗せられて、10人ばかりの我が職場でも、休みを利用して一泊旅行で秋芳洞見物に行くかということになった。
決定が突然だったのでいろいろ支障が起きた。
その間のトラブルが面白く日記に書かれている。我が輩がその世話役だったことはもちろんである。
(注:丁度55年前の話である)

『昭和26年3月17日(土)
午後から旅行だと思うと何やかと氣ばかり忙しい。杉本さんが何のためか用事が出来たから行かないというので、福本さんがそれに習いどうしても行かないと言い張り、いろいろと翻意を迫ったが、聞き入れぬので、遂に一応旅行中止を決定し、駅の方へ電話し中止を申し出る。それにあわてた杉本さんが行くから叉電話して欲しいと申し出て来る。先程のこともあるので半分懲らしめの意味で仲々承知しないで、いろいろ念を押した揚げ句とうとう電話する。氣の早い有馬さんはもう中止を伝えに各家庭を廻っているので(注:半ドンなので皆帰宅している)、後を追いかけたが捕まらないので、山本さんに頼んで伝えて貰う。家の方では皆何事かと驚いた様子。とんだ茶番劇まで演んじて、おまけに駅では発車間際まで杉本さんが来ないで、汽車賃の払戻をやったり、止めたり、仲々幕は下りない。

3月18日(日)
昨夜は湯田温泉の宿で、ビール3本を3人で(注:呑めるもの3人の意)、それに若干のウイスキーで全く氣の遠くなるほど呑み、女中どもを相手に賑やかに騒いで、夜1時過ぎまで起きていたので、今朝は仲々起きられない。酔いがほんとに覚めていない。女連中はぼつぼつ起き出してお湯にでも入ったらしい。
それでも9時前に起き出て入湯、10時からバスで秋芳洞へ。途中退屈な大峠を若干のスリルを感じながら登り下る。秋芳洞は中学生の時の修学旅行の時見たこととて、驚きは生まれない。壁に点々と、でも引っ付き合って、黒グロと見える(こうもり)のは薄気味悪い。
湯田に帰ってからは来たときの逆行程がいとも迅速にやってのけられる。山口の街で舌鼓を買って土産とする。9時半帰着。
昨日のいざこざはどこえやら女たちにも結構楽しい旅行であったらしい。』
domon
shonyuseki
waiting__bus

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