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2006年2月25日 (土)

大同大街今昔

昨年の5月旧満洲に旅行したとき、私の居た会社のビル(当時ニッケビルと云った)がそのまま残っているのに感激して、同僚だった京都の同期の友に写真を送ってやったのだが、その友が送ったその日に亡くなっていたりして、妙な因縁を感じたりしたものだが。
最近になって、その写真が昔のものと少し違う事に気づいた。

旅行して見た時には、私の錯覚だと気にも留めなかったのだが、写真は正直なもので、うそがバレてしまった。
デザインは全く同じなのだが、二階ほど建て増しされているのだ。実にうまく工作されているのでその時はすっかり騙されていた。
最近古い写真が出て来て、それを見ると私の記憶通り4階建てで、現在のように6階ではない。
隣の康徳会館も同じ様に、2階建て増しされている。恐らく同時に工事したのであろうが、様式などは従来のデザイン通りで、屋上部分はそのままかさ上げされたらしい。

ひょっとすると、この大同大街と云ったメインストリートはかなり広範囲にこうした造作がされたのではないかと思われる。だから印象として街全体が古い街並と変わらないことになったわけである。
なにせ、65年以上前のことだから、変わらない方が可笑しいのかも知れない。daido_st
nikkekotoku

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