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2006年2月19日 (日)

古い日記を読む

日記とは読み返すことに意義ありと誰かが言ったが、その通り昔の自分の日記でも、記憶してないものがほとんどで、読み返してもこんなことがあったのかと他人事の様なものも多い。
特に終戦直後の日記は変化が激しく、どうして生きて行くかの苦悩が毎日の様に語られて切ない。
私も人の子、人並みには苦労したんだなと今更の如く思い返される。
膨大な日記を一気に読み返すなんか出来ないので、目下戦前戦後のものにしぼっているが、まあ一番興味深い時期ではある。
その一つに、近所の先輩医師に誘われて句会に入り、俳句を志した時期がほん1年か2年あったことである。間もなく志しが変わって、上京したりしたので頓挫したが、いくらかの下手な作品が載せられている。
子守唄の様に思い出される。

上京直後、宿で手帳に書き記したのであろう。
旅行く子 門まで送る 秋の朝
遊学の 踏む音新し 秋の朝
行く先の あれこれ思う 旅の朝
いざさらば 汽車辷り出づ 朝の駅
島の間 空赤みたり 秋の朝
秋草に 虫すだくなる 街の廃墟
遊学の 靴音高く 秋の朝(10.27)
おばしまに 富士覗き居り 秋の朝
紅葉して 神域華美に 人多し
雨戸繰る 腕冷ややかに 霧流る
人流れ 人、ほこり、人 秋祭り
秋高く 心野山に 友も我も
敗戦の秋(10.28)
宮城前 歩く人皆 うつむきてあり
宮城前 ジープ並びたり 秋の暮れ
女学生 足揃いたり 秋の道(10.29)
風吹きて 紙屑多し 冬の街(11.30)
ゼネストの 噂に寒く 街の暮れ
スパークに 省電光る 雨の夜

その後二度とこのような詩情に浸っている様な事は起きなかった。
人生は思いがけない方向に急旋回することもあるということだ。
(昭和21年の日記から)

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